IEレビュー218号 特集テーマのねらい

 サプライシステムの革新をめざして

1 改善対象領域の広がり

昨今の企業間競争の激化や消費者ニーズの多様化は,メーカーに対して,従来の企業内や個別機能領域を対象として進められてきた改善活動を,複数企業間や異なる機能分野間に広げていくことを要求している。情報技術の発達は,部門や組織の枠組みを超えた改善・改革活動を技術的に促進するトリガーになると言われている。サプライチェーン・マネジメント(SCM)の普及は,こうした広い視点からの改善・改革を推進する役割を担っている。しかし,世の中で言われているWin-Winの関係や全体最適といった考え方は,そう容易に実現できるものなのだろうか。SCMをめざすプロセスのなかで,各企業が地道に工夫・努力している点は何で,それらはSCMの実現にどのように結びついているのだろうか。流行の先端を行くSCMを,一歩立ち止まってIE的な視点から見直しその特徴と課題を検討してみたい,そんな議論がこの特集号の出発点になっている。

2 特集テーマの切り口

しかしながら,SCMの内容は広範多岐に渡っている。そこで今回の特集では,多様な論点のなかから以下の2点に焦点を当てることにした。
2-1 ロジスティクスの改善と革新
第1点は,ロジスティクスという側面である。製造現場での生産効率を高めても,ロジスティクスの効率が悪いと全体としての生産性は高くならない。そして,ロジスティクスには,営業・調達・生産技術・製造・流通といった部門横断的な複数の機能分野と,インフラとしての情報システム,さらには,ヒューマン・インターフェースを含んだ計画機能と管理機能がすべて関係している。したがって,ロジスティクスの改善・改革は,サプライチェーン・マネジメントに向けた出発点になると同時に,その実践のためには,企業活動全体に渡る日ごろからの改善活動の積み重ねが必要不可欠となる。したがって,そこでは在庫管理,生産計画,資材調達,商品開発など様々な領域で,IErの活躍する場面が数多く用意されていることになる。ロジスティクスの改革について論じる際,情報システムの側面と部門間の協業・連携といった組織的な側面を切り離して議論することはできない。端的に言えば,ロジスティクスのあるべき姿を構想できたとしても,情報システムや組織の問題がボトルネックとなって改革が進まないという事例が数多く存在している。しかし,この点に深入りしてしまうと,IErにとって改善・改革ができない理由が先に立ってしまうことになる。したがってIEの立場から見れば,日ごろから地道な努力を継続してロジスティクスの改善を進め,それが長い目で見たときに革新的な成果を収めている,そういった方向を指向していくことが肝要である。スピード化という時代の要請に逆行する難しいポイントではあるが,派手な革新の事例に踊らされない地に足のついた視点が大切になる。
2-2 企業間関係とIE活動
本号で焦点を当てるもうひとつの点は,サプライプロセスで取り引きし合っている企業間の関係という観点である。SCMのねらいは,例えば,サプライプロセスに関わる各企業が情報を共有して全体最適の立場で生産・物流の効率化を図ることと一般に表現されているが,一見すると当然のごとくに見える「全体最適」という言葉は,企業間の関係に着目してみると複雑な側面を内包している。特に,部品メーカーなどサプライヤー(供給業者)の立場に立つと,納入先との長期継続的な取引関係を維持していくために短期的な経済性を犠牲にせざるを得ないケースや,最終市場のニーズや新製品開発動向に関する情報量の非対称性といった問題点があることは想像に難くない。また視点を変えれば,サプライチェーンのなかのあるひとつの企業が,複数の企業と取引している場合,それぞれの取引先から求められる品質・価格・納期といったスペックが同一というケースは稀であろう。すると,特定の取引先に対する納入条件の満足がサプライチェーン全体を見たときの満足化・最適化と合致することは保証されなくなる。さらには時間的な範囲という点でも,短期的な全体最適と長期的な全体最適のバランスという問題が発生する。これらの問題は,いずれも現実の企業活動において極めて重要であるにも関わらず,従来は正面から議論されることが少なく,IEの領域においては外部環境与件のごとくに扱われてきた内容である。
2-3 2つの視点のつながり
SCMに関する文献の多くは,ロジスティクスについても企業間の取引関係についても「こうあるべき」というコンセプトから入りこむケースが多い。IE的に捉えれば,理想追求型と呼ばれるアプローチに類似している。しかし実際に大切な視点は,理想を実現するために地道な努力・工夫を日ごろから絶えず実践していくことであり,日ごろの活動のなかから問題を抽出し改善を進めていくというアプローチを,上記の理想追求の考え方とバランスさせていく姿勢・考え方である。これまでの文献では,ともすれば理想のみが強調されていた傾向にあるSCMについて,視点を絞って地道に見直し,日常の改善を通じてSCMの実現に向けて努力している事例を探りたい,そんな意図が今号の特集の基盤にある考え方なのである。

3 記事の依頼に当たって

以上の議論を土台としても,現実には記事の依頼は困難である。例えばロジスティクスに関しては,情報システムの問題にどこまで踏み込むかがひとつの論点になるが,今回は可能な限りシステムだけではなく,ロジスティクスの改善・改革に向けて地道に取り組んで成果を収めている事例について,その考え方と活動内容を紹介することを基本方針とした。またもう一方の企業間取引関係という問題は,各社の事業構想や現実の取引条件について踏み込むことを必要とする。したがって,単なる依頼記事ではなく,企業を取材してそれに基づいてケースにまとめ上げる原稿をめざすこととした。論壇は,朝日大学の忍田先生に,これからの中堅・中小企業が中心を担うロジスティクスの形態として,ロジスティクスネットワークの特徴と課題を豊富な事例を交えて紹介して頂いた。デンソーの山崎氏には,同社の海外生産拠点55社,販売統括拠点19社を対象としたグローバルロジスティクスにおいて,最新の情報技術を駆使して生産性の向上や在庫低減に取り組んでこられた活動内容を,転出入センターの設立を事例に用いながら,コンセプト作り,人材育成,情報伝達面での改善といった多角的な視点から紹介して頂いた。特に,IT系は今や人手で対処できる情報量やスピードではないから,ITの恐さを理解して準備する必要があるというメッセージは,すべてのIErが今一度肝に命じるべき内容であろう。また,三菱電機の木村氏には,市場動向に応じた多品種生産システムの構築事例として同社の中津川製作所における活動内容を,生産システムのCIM化・自動化,生産情報システムの高度化,部品納入の短サイクル化など地道な活動を中心に紹介して頂いた。住電装ロジネットの後藤氏には,住友電装の物流を担う立場から,同社が独自に構築した物流情報システムのねらいと考え方を,詳しいシステムの内容とともに紹介して頂いた。岐阜経済大学の松島先生にはSCM米国視察団での調査内容をレポートとしてまとめて頂いた。日米の差異と日本企業が学ぶべき点を簡潔にまとめて頂いている内容は,レポートとして読みごたえがある。さらに,文教大学の根来先生には,実際の会社への取材に基づいて,一般に知られているデルモデルを詳しく紹介して頂いた後に,ベンダーとの取引関係という観点からデルモデルの普遍性と課題について解説して頂いた。また,SCMのひとつの形態と考えられる「一気通貫」経営のコンセプトと課題に関する小論を,テクニカル・ノートとして寄稿して頂いた。本号では,多様な切り口について編集委員会で議論が飛び交うなかで,野村重信委員(愛知工業大学)と根来龍之委員(文教大学)に企画の方向性をまとめる作業をして頂いた。SCMに限らず,様々な経営革新手法が登場する昨今の状況に対して,地に足をつけてそれらの手法の本質に迫ることが,「IEレビュー」誌のひとつの使命であると考えている。その点では,本号はSCMの本質に多少でも迫ろうという第一歩と位置づけられる。読者諸賢からのコメントを頂きながら,今後の企画に反映させていきたいと考えている。
(河野 宏和/編集委員長)