IEレビュー225号 特集テーマのねらい

 再検証:モノづくり教育

1 はじめに

国内のみにとどまらず国際競争力を兼ね備えた製造企業作りを行うためには,IE(Industrial Engineering)教育を含めた広い意味での“モノづくり”に関わる企業内教育が必要不可欠であることは言うまでもありません。しかしながら,この“モノづくり教育”について製造現場に目を向けると,日々の生産と現場改善に追われ,地道なモノづくりのための教育活動にまで手が回らないというのも一方の事実だと思われます。また,海外生産の移行にともなう国内工場の空洞化や製造アウト・ソーシングの進展などにより,“モノづくり教育”に関する新たな課題も生まれてきています。例えば,“モノづくりノウハウ”をいかに効果的に海外に移転するかといった問題や,自社が保有する“モノづくりノウハウ”を自社内でいかに技能伝承していくかといったことも,その一例と言えるでしょう。

2 求められる“モノづくり教育”とは?

これらの背景を踏まえたなかで,本特集号では,現代の製造企業に求められる“モノづくり教育”とはどのようなものだろうか,強い製造業を実現するための“モノづくり教育”のあり方とそれに関わる課題と解決の方向性を読者とともに明らかにしていきたいと考えました。右肩上がりの経済成長が期待できない昨今の経済状況下においては,企業内の教育システムの再構築も「待ったなし」と言えます。これを効果的に推し進めるための新たなる教育論や方法論を明らかにすることができれば,読者の方々にとっても意味のあることではないかと考えたわけです。特に,企業の成長・存続を考えたときに,自社の強みをどこに設定するかが最も重要な課題となります。その強みを確固たるものにするためには,どのような教育が企業内に必要になるのかといった問題や,各社が考えるビジネスモデルを効果的に展開させるための教育システムのあり方について,様々なヒントや答えを事例を通じて読者の方々に明らかにできればと考えました。また,自身が教育機関においてIE教育に携わっていることもあり,本特集を通して産業界での“モノづくり教育”に対するニーズを明らかにすることができれば,教育界にそのフィードバックを掛けることができるのではとの思いもありました。

3 特集の切り口

実際に記事の執筆をお願いするに当たっては,次のような具体的な切り口を用意しました。このもとで,執筆者の方々が携わる“モノづくり教育”の事例とその背後にある理念や考え方について紹介して頂きました。
(1)強い製造現場作りを目指すために,現代の製造企業において求められる“モノづくり教育”とはどのようなものなのか。IEr(Industrial Engineer)は製造技能系に今何を教えていくべきか?
(2)“モノづくり教育”を企業内に効果的に浸透・定着させるためには,どのような仕組み・仕掛け(組織体系や教育方法)を用意すべきか?
(3)逆に“モノづくり教育”の進展を阻む要因は? それをクリアするためにはどのような工夫が必要になるか?
(4)海外生産や製造アウト・ソーシングといった新たな動向のなかで求められる“モノづくり教育”とは? 例えば,海外への技術移転が進むなかで,国外工場における外国人労働者に対する“モノづくり教育”をどのように行うべきか(日本人労働者との違いなどを含めて)。一方,国内工場における技能伝承の問題をいかにして解決していくべきか。
(5)国内工場においても委託作業者が急増するなかで,“モノづくり教育”をどのように浸透・体系化させていくべきか? そこでの苦労や工夫点は何か。
これらの点以外にも,近年のIT技術を取り込んだ教育体系など,これからの“モノづくり教育”を考えたときに何が最も大切になるかを広範な視野から明らかにしようとの趣旨で編集を行いました。執筆先についても,産業界や教育機関だけでなく,今回のテーマについて公共団体も積極的にその支援を行っていることから,これらの団体を含め広く記事構成を図るよう努めました。

4 記事構成

(1)論壇
中京大学の浅井先生には“世界に通用するヒトづくり再考”と題して,日本を発信地とした世界一の“モノづくり”を今後も継続していくための新たなるキー・パーソンの育成方法について論じて頂きました。世界一の“モノづくり”を実現するためには,画期的な新素材,新工法の開発やIT技術の導入だけでなく,あくまで現場におけるヒトの育成こそが,“モノづくり”に関する国際競争力の源泉になることを主張されています。現場・現物というリアルな世界を直視し,“モノづくり”の楽しさを分かち合いながら,現場作業者の創造性を養成するための新教育プログラムの重要性を説いておられます。
(2)ケース・スタディ
①古川インフォメーション・テクノロジーの高桑氏には,古川電工グループ内での社員の情報活用力や意思決定力を促進するための“経営シミュレーション講座”を中心に,その内容を紹介して頂きました。単なる,IT機器やソフトウェアの導入のといった部分から一歩踏み出し,“モノづくり経営”における社員の情報活用力向上を狙う高桑氏の奮闘ぶりがうかがえる記事となっています。
②インクスの野田氏には,インクス社内における人材教育の全般を,その理念とともに大変に分かり易くご紹介頂いています。インクス社において,自社が求める社員像とそれを実現するための精緻な人材教育システムが示されています。読者の企業において教育システムの再構築や改善を考える際に極めて参考になると思われます。
③サントリーの佐野氏には,保全メンバーとその管理者を対象にした人材育成活動についてご紹介を頂きました。企業内におけるOJT教育の重要性と,OJT教育を行う上でのキーポイントやクリアしなければならない課題を紹介頂いています。
④ホンダエンジニアリングさんからは,自社の事業規模の拡大(生産モデル数の増加,新商品の投入,海外生産拠点の拡大など)にともなう,企業内教育システムの再構築の様子についてご紹介頂いています。
(3)テクニカル・ノート
本特集号では,上記のケース・スタディに加え,職業能力開発総合大学校の海野先生よりご投稿頂いたテクニカル・ノート“高度熟練技能の継承とモノづくり教育訓練”を掲載しました。高度熟練技能者の重要性を指摘し,その継承方法を示すとともに,生涯を通じた能力開発のための体系が論じられています。特に,物不足時代における「いかに上手に作るか」から,物余り時代の「何を作るか」への移行のなかにあって,創造的技能を有した技能者の育成が必要不可欠になることが示されています。また,創造性,企画・開発力および判断力や安全衛生管理能力といった多角的な技能を有した現場リーダーを養成するための教育プログラムが紹介されています。
(4)プリズム
また,短編の特集記事として,以下の4つのプリズムを掲載しました。
①日立製作所の小松原氏による,熟練技能を伝承していくためのIT技術を活用した“e-Meister活動”の紹介。
②玉川大学の小原先生による,ソーラーカー開発を通した教育機関における“モノづくり教育活動”への取り組み。
③茨城県商工労働部職業能力開発課による,茨城県における“モノづくり産業”の振興促進を目指した“モノづくりマイスター制度”の概要と活動事例の紹介。
④技術研修の実施形態に様々な示唆を与えるNECユニバーシティの安藤氏による研修デリバリーの実行形態の紹介。
記事全体を通して,これからの“モノづくり教育”に求められることは,単に品質や精度を確保するための技術や技能の習得だけでなく,“モノづくり”の原理・原則を十分に理解した上で発揮される製品開発のための創造力や現場改善のための的確な分析力・改善力,さらには経営に直結する意思決定力の確保が要求されているように感じました。読者の方々は,本特集を通じてどのようにお考えになるでしょうか?
(稲田 周平/編集委員)