IEレビュー226号 特集テーマのねらい

 新しい工場

1 はじめに

現在製造業では,不採算部門の集約,企業内外注,生産拠点の海外シフトなど,生き残りをかけたさまざまな改革に取り組んでいる。その結果として昨今,メディアをにぎわしているのは工場の統合や閉鎖の記事がほとんどである。「日本の製造業はおわりだ」「国内の生産拠点は必要ない」といった主張をされる方も多い。しかし,実際に製品やサービスを生み出し提供しているのは「工場」であり,国内に市場がある場合や新技術を必要とする場合には国内の生産工場は競争優位であり,その意味でまだまだ新しい工場は生まれつつある。今まで「IEレビュー」誌では,工程・作業のレベルやそこで用いられる様々な管理技術を多くの特集で取り上げてきたが,工場という大きな視点に立った特集は企画されたことがない。そこでこの特集では,実際に製品を生み出している製造システムに着目し,厳しい環境変化を受けて変化をつづけている製造業を「工場」という観点から捉えて,「新しい工場」がどのようにしてうまれ,何をめざしているのかを考えることを目的としている。

2 国内に工場はいらない

現在の製造業を苦しめている要因は,日本国内に存在する高コスト構造である。特に,電気・ガスなどのエネルギーコスト,法入税,地価,規制業種の横持ちコスト,人件費などがあげられる。著しいアジア企業の品質・技術両面での猛追をうけて,競争力を失った耐久消費財の生産は,どんどん海外移転が進んでいる。いままでは,なんとか資本財や機械部品の生産輸出を増加させて国内生産拠点の稼働率の維持と雇用確保をはかってきたが,このままでは日本国内には,いわゆるものをつくる工場はなくなってしまうのだろうかという声すら出てきている。

3 国内立地の可能性

しかし,もう少し冷静に現状を分析してみると,日本における製造業の役割はいまだに大きいと考えられる。資源の少ないわが国にとっては外貨獲得の手段として,製造業は必要欠くべからざるものである。また,巨大で豊かな国内市場と完備されたインフラや裾野のひろい産業構造,質の高い労働力は十分魅力的な立地条件である。したがって,メディアはある一面だけを強調しているが,現実の企業においては,「グローバルなすみ分け」を模索している最中と筆者は考える。そこでまず,現在製造業がおかれている状況をグローバルな視点で分析し,今国内に生産拠点をおく意味はなにかという観点から,以下のように整理してみた。
(1)新製品のための工場
量産型の工場は海外へのシフトが続いているが,日本独自の新技術を用いた商品の生産は国内での生産に十分メリットがある。
(2)消費者密着型工場
一般消費財(食料品・飲料・日用雑貨等)はますます多品種少量化し,製品のライフサイクルも短期化している。また,鮮度の保持や短納期への対応のために,より需要地に近いところで生産する傾向にある。
(3)環境関連事業のための工場
従来は工場自体でどのように環境保全対策をとるかという観点が多かったが,一歩進んで環境保全をビジネスにするための工場作りという動きも出ている。
(4)従来工場のリニューアル
新しく建設されたという意味では「新工場」ではないが,生産の海外移転や事業再編に対応し,工場の統合・集約にともなう従来工場のリニューアルがさかんに行われている。これもある意味では,新しい工場としてとらえることができる。
本特集では,過去3年間に建設(またはリニューアル)された工場について上記の4つのパターンに分類し,国内立地の可能性を実証した。

4 特集記事について

まず,論壇は早稲田大学の吉本一穂氏に,どうすれば国内立地を促進できるかという切り口から,その方策について論じていただいた。その方策は,3つのP(Product,Process,Production)として位置づけられている。国際的な競争優位を保つためには,設計技術や生産技術といった個々の技術の最適化ではなく,顧客指向で市場変化に迅速に対応できる企業体質の強化が重要であることが述べられている。次に特集記事は,前節にまとめた4つのカテゴリーに分類されている。第1のカテゴリーは「新製品のための工場」として,液晶用カラーフィルタを製造するエーアイエス(株)とプラズマディスプレイパネルを製造する富士通日立プラズマディスプレイ(株)の工場を紹介する。現在,いわゆるディスプレイデバイス分野は,液晶にしろ,プラズマディスプレイにしろ,日本企業の独走態勢にある。これは,どちらの製品も製品開発の技術力だけでなく,製造技術もかなり高度な水準を要求されることと,工場建設に多額な設備投資が必要であることに起因していると考えられる。逆の観点からすると,この業界がまさに国内立地の可能性を示すビジネスモデルであるといえよう。第2のカテゴリーは「消費者密着型工場」で,花王とアサヒビールの新工場をとりあげる。この2社は典型的な一般消費財メーカーであり,国内は典型的な成熟市場である。シャンプーやリンス,ビールではますます消費者のニーズが多様化しており,単純に安いだけでは売り上げを伸ばすことが難しいだけでなく,市場がゼロサムゲームであるがために,他社が優位になればどんどん市場を失っていく。そこで,より消費者に近い場所で製造を行い,ニーズに迅速に対応することをめざしている。これも国内に立地する原因のひとつと考えられる。第3は,環境関連事業のための工場である。これは,前出の2つのカテゴリーとはちがって,市場の要求にもとづいた立地ではなく,社会のしくみ自体の変化に応じて生じた立地要因といえよう。しかし,トリガーは市場の外にあったとしても,現実には各企業とも,採算という観点から工場設計・運用に積極的にとりくんでいる。今回は,家電リサイクル法の制定にともなって建設された東京エコリサイクル(株)と,従来よりリサイクルの優等生であったアルミのリサイクル事業についての三菱マテリアル(株)という2つの事例を取り上げた。単なる環境問題の解決という視点ではなく,新しい工場としてどのような価値があるかという点を読み取っていただきたい。最後は,従来工場のリニューアルとして,安川電機(株),大日本薬品(株)をとりあげた。いずれも企業の合併や海外移転にともなう事業再編が活発におこなわれている業界であり,それにともなってどうやって「新しい工場」に変わっていったか,前出の3つのケースとは工場設計上なにが一番異なっているかという点が興味深い事例である。また,同じ従来工場のリニューアルというカテゴリーではNECアメニティクス(株)を取り上げた。この事例では,リニューアルされた側の立場ではなくリニューアルする側の立場として,どうやって「新しい工場に変えていくか」が語られている。いずれも過去3年に竣工しているケースで,まさに「新しい工場」たちである。

5 おわりに

一昔(かなり昔?)前,工場は波型トタンの屋根と煙突だった。その後,ベルトコンベアに群がる虫のごとくロボットが動き回るFMSラインが,国賓の見学ルートだった時代もある。そして,昨今はセル生産と称して,作業者が黙々と作業をこなしている。それはまさに,日本経済がどのように成熟していったかを具現化した姿であろう。そして21世紀をむかえ,本当に「日本国内に工場はいらないか」という問いかけに,この特集号では「NO」と答える立場で記事を集めてみた。日本の製造業は衰退しているのではなく,まだまだ新たな立地要件があるのだということ,そしてそうしたニーズに応えていく使命が,IErに求められているのだということを,この新しい工場の特集記事から感じていただければ幸いである。
参考文献
小浜裕久「戦後日本の産業発展」日本評論社(2001)
「製造業を考える会の提言」http://www6.wind.ne.jp/mrfujii/miscell/until20/01teigen.htm
「強くなれ製造業」http://www.nikkei.co.jp/topic/tokushu2/eimi063222.html
(斎藤 文/編集委員)