IEレビュー230号 特集テーマのねらい

 ちょっとしたIE

近年,イノベーション論が盛んである。曰く,日本は改善は上手だが,イノベーションは苦手である,それがこんにちの日本経済停滞の一因である,と。このような「日本人=イノベーション苦手」論は,至るところで語られている。そしてそのとどめは,「日本はもっとイノベーションを起こしていかなければならない」だ。そんなことはいわれなくてもわかっている,といいたくなる。問題はどのようにしてイノベーションを起こしていくかである。この問題に対して,われわれIErはすぐに「改善」を想起する。改善を地道に積み重ねていくことによって,結果的にイノベーションを起こすことができるのではないかと思う。あるいは,最初のちょっとした改善が,大きなイノベーションをもたらすことができると考える。たとえば,トヨタのカンバンは最初はちょっとした改善であったに違いない。それが,こんにちのグローバルなJITというイノベーションに発展した。そう考えていくと,テーラーの煉瓦積みの研究も最初はちょっとした改善程度だったのではないか。このような意味も込めて,今号の特集は“ちょっとした改善”,これを少しあらたまった言い方をして“ちょっとしたIE”,とさせていただいた。

イノベーションを起こす改善

さて上述したように,改善はイノベーションを起こす重要な方法のひとつである。とすれば,改善マン=IErは,もっと世間から重要視されてもいい。また自信をもってよい。そのような自信を持たせてくれる記事が,プリズムの田中一成氏の「みえる化の効用」である。わずか2ページだが,中身は濃い。これは“ちょっとした記事”だ。この記事と対極をなすのが,しげる工業の小暮敏春氏の「セル生産方式を実現するためのシステムとラインの改善」だ。ここで行われたセル生産化は,“ちょっとしたIE”の範囲を遙かに越える,本格的なIEである。だが,よく読んでみると,セル生産を実現するために,その周辺部分でさまざまな“ちょっとしたIE”が行われている。たとえば,仕様識別装置を作り,それを台車に取り付け,識別の自動化を図った。また,ライン作業者がアイデアを出し,自分たちの手で治工具を製作した。

ナレッジマネジメントヘの“ちょっとしたIE”

日立製作所の杉原信子氏の「庶務担当者によるナレッジ構築とネットワークづくり」は,“ちょっとしたIE”であり,かつすばらしい“ちょっとしたIE”である。ほとんどの社員が日常行わなければならない,消耗品発注事務や経費管理,旅費手続きなどの仕事のマニュアルを杉原氏たちが作成。それをネットで社内に公開した。これが重宝なため,このホームページにアクセスする件数が当初1,000件/月くらいだったのが,2年後の現在は,10倍の10,000件にもなったという。そんなことなら,わが社でもやっている,という声が読者から多くあがるようであれば,IEの応用範囲は広くなっていると考えられ,頼もしいかぎりだ。この記事は,しかしそれだけではない。それは,題名にもある「ナレッジ」という言葉だ。ナレッジマネジメントという言葉が一方で流行っている。そしてこの方面の本が多数出版されつつある。それらを読むと,情報共有とか,知識知的データベースだとか,難しいことが書かれてある。しかしそのわりには,何をどうすればいいかが明確かつ具体的に書かれていない。本事例は,それが具体的だ。庶務担当の女性ばかりが19名集まって,「仕事に関する真面目な雑談」を行う。そして彼女らが構築したシステムは,いつのまにか立派なナレッジマネジメントになっていたのである。そうなっていくプロセスが,わかりやすく説明されている。この記事の主人公は,女性であったが「グローバル支援システムの標準化」の主人公も女性である。ブリヂストンの大平さんは,海外工場出張者のスケジュール調整やフライト手配などの支援業務を行っている。この業務で,大平さんはたびたびトラブルに巻き込まれる。それは,「言った,言われていない」「頼んだ,頼まれていない」という,どこでも発生する問題だ。彼女はこの問題を見事に解決した。

種々の適用分野

ところで,本特集号のねらいは,あらゆるところに気軽にIEを使ってもらおうということにもある。そのため,多くの事例を書いていただいた。藤田精一氏の「異文化圏に見る改善」では,日常生活のなかでの“ちょっとしたIE”の事例が豊富に述べられている。たとえば,赤信号のランプに“RELAX”という文字を浮き出すようにしたニューデリーのある道路。しゃれたアイデアだ。あるいは,鶏が止まり枝に止まれないようにした棒のアイデア。しかしこのような,うまい,あるいはしゃれた改善事例を見ていくと,私などはむしろ逆に自信を喪失してくる。つまり,改善するには閃きが必要ではないかということだ。とすると,閃きの悪い人間は,どうすればいいか。実は,そのためにIEがある。IEとは,ある手順を踏んでいけば,一通りの改善ができるようにした手法体系であると思う。このIEの手法を上手に使用して,アイデアを出し,あるいは出させた実体験を綴ってくださったのが,日立化成の高瀬氏の「ちょっとしたIEがモノづくりを変える」である。この記事の各節のタイトルは,そのまま,IErが良いアイデアをだすためのチェックリストにも使える。特に第4節の「ステートメントの重要性」は,内容が深い。また,丸二倉庫の清水亘氏は,IEの原則を倉庫作業に応用して,物流倉庫とその作業の改善を行った。このケースは,まさにIEの手法体系を上手に応用して改善した例といえる。東京工業大学の伊藤謙治氏は,ホワイトカラーの作業を阻害する要因を,アンケート手法によって浮き彫りにした。

情報システムの利用とこれからのIEr

今回の特集記事9編のうち,3編は情報システムの改善に関する記事である。すでに紹介した「庶務担当によるナレッジ構築とネットワークづくり」は,情報システムの設計であった。「グローバル支援システムの標準化」は,情報システムの改善といってよい。NECフィールディングの渕上真大氏の「お客さまシステムからの障害自動通報時の初動対応改善」もそのひとつである。日本全国に散在するユーザーのシステムに障害が発生したとき,その保守のための作業員を派遣する業務を行っている。渕上さんらは,その作業につき,いままで22分かかっていた作業を10分以内にできるよう改善した。今回の“ちょっとしたIE”の記事を読んでいて気がついたことが,もうひとつある。それは,“ちょっとした改善”を行った人たちの多くは,自分の仕事について改善していることだ。それに対して,“本格的なIE”は,改善の専門家や生産技術のエンジニアが改善していくことが多い。改善案を実行に移すという点から考えると,前者の方がやりやすい。また,前者の方が,作業者は楽しく作業をすることができる。その結果生産性はますます上がっていく。改善の専門家であるIErは今後,作業者が自ら改善していくことを,側面からサポートしていく仕事にさらにウェイトを置くことになるだろう。つまり,作業者とIErの“改善コラボレーション”がもっと行われるようになる。そうなると,“ちょっとしたIE”がまさにイノベーションに発展することになるのではないか。
(黒須 誠治/編集委員)