IEレビュー233号 特集テーマのねらい

 国内モノづくりの展望

1 徹底した改善によるモノづくりに着眼した理由

多くの製造業で,海外,特にアジアヘの製造拠点移管が進んでいる。生産移管は,技能者の減少,設備投資の抑制,モノづくり技術の停滞など,国内製造業に大きな変化をもたらした。このように製造業を取り巻く状況が大きく変わるなか,日本でのモノづくりの将来に対して,高額な人件費やインフラコストを前に,悲観的な意見が多く述べられている。その一方で,国内でのモノづくりがどのような方向に進んでいくべきかについて,その展望を明確に示した文献は少ない。最近,マスコミではこの問題に対して,国内製造拠点の役割として,以下のようなことが言われている。
①消費圏に適した製造拠点としての最適地生産
②新製品の立ち上げと新技術確保のためのマザー工場
③知的所有権によるモノづくり技術の流出防止
これらは,いずれも国内製造業にとって重要であるが,これらの方策を実施していく場合,QCDが原点となる。例えば,マザー工場として充分な機能を果たすためには,特にQや生産技術の点での高度化が必要不可欠となる。消費地生産と言っても,CやDの改善が不充分であれば,国内にモノづくりの拠点を維持していくことは難しい。その一方で,海外進出の事例をみてみると,日本での改善が充分とは言えないレベルで,海外に製造拠点を移管している事例が散見される。すると,海外での立ち上げ時に様々なトラブルを生むだけでなく,海外現地でも,日本での競争と同じ結果を生じることになる。さらに,モノづくりの技術という観点で捉えてみると,QCDの点で改善余地が多く残されていては,現地の風土に適合した変質は起こりにくく,技術・技能が現地化されず,その意味でモノづくり技術の進化が生まれなくなる。したがって,グローバル時代の海外との生産拠点分担においても,改善活動は大切な役割を果たすことになる。このような問題意識に立って,本編集委員会では,国内モノづくりのひとつの方向として,“徹底した改善によるモノづくりの強化”が必要であると考えた。“徹底した改善によるモノづくりの強化”とは,大きな環境変化に打ち勝つために,品質,生産性,人材育成などの面で徹底した改善活動を推進し,モノづくりの体質を徹底的に強化するということである。

2 国内モノづくりに望まれること

本特集では“徹底した改善によるモノづくりの強化”について,改善の成果や結果の報告よりも,活動の経緯と工夫・苦労されている点を中心に書いて頂くことを目的とした。ところで,“徹底した改善”とは一体どのようなものだろうか。最近,マスコミでは,日本の工場の「復活」と題して多くの特集が組まれている。「復活」とは,過去に蓄積したものを蘇らせることである。徹底した改善とは,失われつつある国内のモノづくりを再考し継続するだけでよいのであろうか。本特集で集められたケースをみてみると,そこには復活だけでは言い表すことができない徹底した改善のあり方が凝縮されている。それは,すべてのケースが,“今までのモノづくりについて原点に戻り,もう一度見直しをしている”ことにある。今まで構築してきたものを当たり前として受け止めるのではなく,なぜこのやり方でよいのか,何が本質なのか,何を目的にすべきなのか,改善の範囲は現状のままでよいのかなどである。もちろん,このように問いかけ,新たなモノづくりを生み出すためには,今までの経験,知識,技術,人材が確たるものでなければならない。しかし,それらをもう一度新たな目で見直してみることが,徹底した改善を生み出す糸口となっている。国内モノづくりの展望を考えるとき,徹底した改善によるモノづくりの強化はひとつの方向であり,決してそれがすべてではない。しかし,本特集で示されたケースをみると,原点に立ち返り新たに徹底した改善によるモノづくりを生み出していくことは,今までのモノづくりを「復活」ではなく「進化」させ,国内モノづくりの展望を切り拓いていく上で,重要な役割を果たすように思えるのである。

3 記事について

(1)論壇
トヨタ自動車(株)の安川氏には,中国のモノづくりの発展と特徴,日本のモノづくりの現状と復権を踏まえ,国内生産における圧倒的競争力を確保し,自動車業界の「国内空洞化」を防ぐために“4次元サプライチェーン改革”という考え方を示し,4つの次元の意味について,具体的な活動内容も含めて簡潔・明快に紹介していただいている。特に,新技術/新製品,新生産技術/新工法,開発リードタイム,生産/供給リードタイムという4次元の経営指標を改善していくための第1ステップが「ムダの見える化」であるという主張は,改めて本質を重視する考え方の大切さを伝えてくれる迫力がある。最後に,「モノづくりは人づくり」であるという考えに立って,心・頭・体のパワーアップの重要性が述べられている。
(2)ケース・スタディ
①徹底した改善において,改善の範囲を全体まで広げることが重要である。車のステアリングホイールのなかで,ウッドハンドルは,特殊な技能を必要とすることから,いくつもの生産拠点を経て生産される。(株)東海理化の恒川氏,河原崎氏には,工芸品とも言えるウッドハンドルの生産について,1次・2次仕入先まで含めた生産工程全体を一貫してシンプル化する改善について紹介して頂いた。
②調達における徹底したモノづくりはどうあるべきだろうか。松下電器産業(株)の伊藤氏,辻氏,面田氏には,製造工程でフレキシブルなモノづくり体制が確立されつつあるなか,サプライヤーから工場までPull要求に基づいた一気通貫の仕組みについて,TV事業での事例を紹介して頂いた。コンサイメント倉庫(VMI)の導入,仕入先との情報共有Webの構築,納品・配膳システムなど,Pull要求にこたえる一貫した材料調達の仕組みづくりについて述べられている。
③徹底したモノづくりを行うためには,製造・物流といったハードの構築以外に何が必要だろうか。長浜キヤノン(株)の丹治氏には,徹底した製造物流改善(Tプロジェクト活動)を通じて生み出されたマネジメント革新とその重要性について紹介して頂いた。Tプロジェクトによる徹底した製造物流改善とともに,現場マネジメント実現のために作成された改善ステップ,マネジメントの基本の考え方などを示して頂いた。
④国内製造拠点の役割をマザー工場として位置づけるためには,徹底したモノづくりが必要となる。NECパーソナルプロダクツ(株)の郡山氏,若月氏には,中国と競争するのではなく,国際分業体制を構築し,国内拠点をグローバル・バリューチェーンの起点とするマザー・ファクトリーへの取り組みについて紹介して頂いた。戦略商品の開発生産に集中するとともに,生産計画から調達・製造・出荷まですべてのプロセスを通したトータルでの競争力強化の観点で取り組んだ「生産革新」,「物流革新」,「IT革新」について示して頂いた。
⑤(株)リコーの永田氏には,御殿場事業所における改善活動のなかで,請負作業者の人材育成について紹介して頂いた。高技能社員の活用によるショップ活動は,徹底した改善と人材育成を有機的に結びつけ,改善を加速させるユニークな取り組みである。
⑥徹底したモノづくりにおける技能の伝承や人材育成はどのようにすればよいのであろうか。セイコーエプソン(株)の渡辺氏には,「モノづくり力」伝承に向けた独自のモノづくりの蓄積と継承,人材の育成について,標準化という考えを紹介して頂いた上で,“人財のDNA化”を実現する育成プログラムなどを具体的に示して頂いた。
⑦(株)ミツバの佐々木氏,棚橋氏には,QCDにおけるマザー工場となるためにやるべきこととして,W-TPM(TPマネジメントとTPM)と生産革新活動を融合させ,常に進化し続ける強い工場造りについて紹介して頂いた。工場長のあるべき姿を掲げ,それを達成するために階層別マネジメントが行われている。さらに,全体最適で儲かるための生産革新活動において,極限を追求したライン改善とリアルタイムマネジメントによる工場経営について紹介して頂いた。
(3)プリズム
本号では,特集テーマに関わる情報提供として,4件のプリズムを掲載した。①(株)付加価値経営研究所の関根氏には,工程ばらしの考え方を用いた改善事例を紹介して頂いた。②日本リーバ(株)の大場氏には,グローバル生産体制のなかで,継続的改善の内容と成果を紹介して頂いた。③新栄デザイン総合技術士事務所の高松氏には,競争力をつけるためのISOの活用法を,事例を交えて具体的に紹介して頂いた。④(株)矢野経済研究所の秋吉氏には,ダンの事例を参照しながら,SCM改善と「日本製」というブランドの意味について述べて頂いた。
(4)研究ノート
本号の特集記事ではないが,国内モノづくりの活性化に関する研究ノートが投稿され,審査を経て掲載されている。現場改善を徹底し継続していくことの大切さ,それを支える教育とマネジメントの重要性が,事例調査に基づいて具体的に述べられている。
今回の特集は,「IEレビュー」誌が,本来であればもっと早くに取り上げるべきテーマであったように感じられる。国内モノづくりは,IEに関わる人たちが真剣に考えるべきテーマである。本号がひとつの切り口となることを期待したい。
(篠田 心治・河野 宏和/企画担当編集委員)