IEレビュー244号 特集テーマのねらい

 開発・設計期間の短縮

1 モノづくり競争力の強化

製造業において,数年前までは中国の台頭により人件費およびインフラコストの差をはじめとして,高コスト構造の国内で製造するデメリットをどのように回避するかが話題になっていたが,最近は国内で製造するメリットを創出する取り組みに変わってきている。この根底には,国内では変化は激しいが大きな市場,高度な技術を持ち裾野の広い産業構造,質の高い労働力を保有していることなどがあげられる。しかし,グローバル競争は激化の一途をたどっており,製造業は生き残りをかけてモノづくり力を強化し,新製品開発の推進,企業変革のスピードアップ,コスト競争力向上などに取り組んできている。ここで言うモノづくり力とは,開発力,生産力,市場競争力の総合力である。一方,市場において,製品ライフサイクルの短期化,要求品質の高度化,価格競争激化など,企業を取り巻く環境は大きく変化している。これらの変化に対応するために,モノづくり力のなかで開発力の優劣が企業の競争力を左右するといっても過言ではない。開発力を構成する要素には,製品技術力,その基盤となる製造技術力,開発・設計期間の長さなどがあるが,これらのなかで本号の特集では,IErの活躍・貢献が期待される分野であり,かつ競争力強化の重要な課題である開発・設計期間の短縮に焦点を当てて企業の取り組みを取り上げた。

2 特集のねらい

従来から,各企業は製品の開発・設計期間短縮をめざして,営業・開発・製造・品質保証部門間の情報共有による作業のコンカレント化・コラボレーション化の推進,3D-CAD/E/Mのツール整備による開発・設計プロセスの革新などに取り組んできている。一方,ITツール,デジタル化の技術は飛躍的に向上し,バーチャルモノづくりに向けた取り組みも多くの企業で始まっている。しかし,ツールを導入して開発環境を整備したものの,後戻り回数・図面改定件数が多く,当初に期待していたほどに期間短縮あるいは開発コスト削減の成果が出ていないケース,一部の開発・設計業務しか効率化ができていないケースが案外多いのではないだろうか。また,製品の開発・設計においては,単に期間短縮だけでなく,目標とする品質・コストの確保および量産時の安定生産確保などの要求を満たすことが求められているが,単にツールを導入し,開発環境を整備すれば実現できるというほど単純ではない。これらの要求を満たしかつ開発・設計プロセスの仕組みを革新して製品の開発・設計期間短縮を実現した先進事例を紹介し,競争力強化に向けた開発・設計業務の今後の在り方を探る特集とした。また本号では,従来の開発・設計プロセスを改革するために苦労した点,改革のノウハウをも紹介したいと考えた。例えば,①3D-CAD/E/Mツールの整備,コラボレーション環境の整備による開発・設計業務プロセスの革新,②デジタルデータに基づくバーチャルモノづくり,③製品のハードウェア,ソフトウェアのモジュール化,④自社内だけでなく顧客・ベンダーも巻き込んだ作業のコンカレント化および生産準備期間短縮による垂直立ち上げなどに取り組んだ事例を紹介し,開発・設計期間短縮の取り組み全体を通して,企業変革の動きに少しでも迫りたいと考えた。

3 記事構成

(1)論壇
インクスの佐藤氏,鈴木氏には「開発・設計期間の短縮に向けての視点」と題して,開発・設計業務改革のポイント,日本製造業における開発・設計の改革の方向について考察いただいた。開発製品は技術開発フェーズに位置するモノと開発期間競争フェーズに位置するモノに区分され,開発・設計工程の効率化および期間短縮の取り組みは後者に集中すべきであると述べている。また日本の製造業がグローバル競争に打ち勝つためには,技術競争力のある製品の継続的創出,熟練技術者の経験の資産化など,開発・設計の今後の在り方を述べており,多くの製造業には示唆に富む視点を論評いただいている。
(2)ケース・スタディ
①キョウデンの大矢氏には「TSP(Total Solution Provider)は開発期間短縮のキーワード」と題して,顧客の製品開発期間短縮に資するために,自社でのプリント基板の設計・製造期間短縮の取り組みについて執筆いただいた。基板設計でのITツール整備による作業の効率化,製造工程を運行管理する生産管理システムの整備および顧客への基板製造情報ライブラリー提供など,顧客と一体化して期間短縮に取り組んだ課題には,他業種でも大いに参考になる知見が提供されている。
②日産自動車の中島氏には「ノウハウのデジタル化による生産準備プロセスの革新」と題して,3Dデジタルデータを適用して,バーチャルモノづくりに取り組み,新車開発期間を半減した事例を執筆いただいた。開発工程のなかでの生産準備作業において,従来のモノを作りながら取り組む方法に代えて,デジタルデータを基準とした方法へ移行することにより,期間短縮だけでなく,設計変更件数の大幅削減,型・設備・治工具のツーリングに関する初期品質向上を果たした取り組みは大変迫力があり,今後製造業の開発期間短縮に関して多くの参考になる論点が提供されている。
③日立製作所の金友氏には「開発期間短縮をめざしたラピッドプロトタイピング技術」と題して,光造形技術を適用した試作品の製作・検証試験期間の短縮,開発コスト低減の事例を執筆いただいた。光造形技術の適用は開発期間短縮だけでなく,製品技術力および設計品質向上などの課題解決の方向を示している。
④松下電器産業の北川氏には「グローバル同時発売・垂直立ち上げの実現」と題して,グローバル標準モノづくりに取り組み,世界同一品質を実現し,全世界から市場へ供給する体制を構築した事例を執筆いただいた。商品開発プロセスの革新,実装工法・標準コア設備の開発およびグローバル品質ITネットワークシステムの構築など,ライフサイクルが短いデジタル製品におけるグローバル生産体制構築の在り方について,他企業にとって大いに参考になる知見が紹介されている。
⑤オムロンの山本,池上両氏には「FAシステム機器のハードウェアのモジュール化による開発生産性革新」と題して,機能モジュール構造による流用設計の開発プロセスを構築し,開発期間短縮を図った事例を執筆いただいた。FAシステム機器の開発は技術資産を再利用する流用設計とコア技術開発に区分される。前者の分野において,開発期間短縮のために商品の特徴を考慮した標準化のポイントおよび標準化したモジュール流用の仕組みは,他企業の参考になる視点である。
⑥TCMの鈴木氏には「3D-CADの活用による開発期間の短縮」と題して,建設機械の開発期間を短縮した事例を執筆いただいた。3D-CADデータを適用し,構造物の強度解析時間の短縮,生産技術・製造部門との生産準備作業のコンカレント化の推進などにより,開発期間を短縮した地道な取り組みは参考になる。
(3)プリズム
特集に関連する記事として,3件を執筆いただいた。日本デルミアには3次元環境で製造工程の計画・検証・最適化をするためのデジタル工程設計ソフトウェアを紹介いただいた。ノウハウの可視化による技術・技能の伝承が期待される。鹿島には建物建設での施主・設計者・施工者のコラボレーション用ITツールを紹介いただいた。建設計画決定から竣工までのリードタイム短縮および施主へのソリューション提供による顧客満足度向上を図る取り組みが,興味深い。博報堂には広告製作での企画・コンテンツ製作・市場化のプロセスにおいて,企画業務の効率化について論じていただいた。いかにして短期間に良い企画を生むかという視点が興味深い。
今回の特集テーマにおいて,共通するキーワードは変革のスピードアップである。開発・設計期間短縮を実現するために,製品・製造・ITなどの各種分野の技術力向上,業務プロセスの革新,さらに顧客・ベンダーを含めた作業のコンカレント化・コラボレーション環境整備など,多くの要素が結集されなければならない。本号での先進事例の紹介が,読者の方々に開発・設計期間短縮に関してブレークスルーとなるヒントを提供し,企業変革のスピードアップを図り,モノづくり競争力向上の取り組みのトリガーとなれば幸いである。
(任田 典平/企画担当編集委員)