IEレビュー245号 特集テーマのねらい

 人財変化への対応

1 特集テーマのねらい

高度経済成長以降,不況の波,円高,国内外競合他社との激しい競争など,日本の製造業は様々な困難を乗り越えてきた。常に現状より改善された状態をめざし,変わることこそを「良し」とし,組織が一丸となって逆境をチャンスと変えるための努力を重ねてきた。それを可能にしてきたもののひとつは,日本独特の均一化された良質な人的資源であるといわれている。しかし今,この日本のモノづくりを支える“人財”を取り巻く環境に大きな変化が生じている。少子高齢化により日本の人口は,厚生労働省人口動態統計によると2005年ついに自然減へと転じた。今後労働人口の減少,人口が減ることによる需要の減少などが加速することにより,日本におけるモノづくりはより厳しい環境にさらされるであろう。少子化の進行により,現在学校経営の厳しさが取りざたされているが,あと数年すれば,そのまま製造業の採用市場に影響が拡大してくる。特に現場第一線の担い手である「高卒男子」は大学進学率が50%を上回ったことで,なお一層金の卵化してきている。また需要変動の激しさから労働力のフレキシビリティが求められ,さらに労務費コストの圧縮要求や,少子化の影響,若者の製造業離れなどで,正社員採用を抑制し,派遣・パート社員や請負・委託といった「アウトソース」が進み,その結果ものづくり第一線の担い手は大きく変わってきている。’04年3月より派遣法が改正され,制約つきとはいえ,製造業への人材派遣が解禁されたことは「アウトソース」にますます拍車をかけてきている。一方,これまで第一線を支えてきた高度成長時代の担い手である団塊の世代が高齢化を経て,一斉に第一線から引退しようとしており,先生不足,技能・ノウハウそのものの消失といった危機感を醸成させている。世に言う「2007年問題」である。加えて,バブル後から最近までの不況による各企業の採用抑制が,現場の主力である中堅層不足を引き起こしている。ベテランと若者をつなぐ要(かなめ)の不足は,深刻である。今日までの生産現場においては,ベテランから若者へ様々なノウハウを時間と手間を惜しみなく使い,連綿と伝えつつも,その上に常に新しい改善を積み重ね,各層が役割分担しつつ磐石の力を形成してきた。この仕組みの前提が着実に崩壊しつつある。以上のように現場の人財構成が変化していくなかで,現場では,どのような取り組みがなされているのだろうか。特に現場の多様化に対して,従来から重要視されてきた「一致団結」「連帯感」といったものは,どのように形成されていくのだろうか。このような環境下でのライン指導者・リーダーの役割はどのように変化しているのであろうか。また,人財構成の多様化をキッカケ・チャンス・好機と捉えると,どのような可能性が存在するのだろうかなど,すでに始まっている人財変化への具体的な取り組みの姿をまとめることが,本特集のねらいである。

2 記事の編成

(1)論壇
論壇は「問題顕在化力をさらに高める生産現場の情報武装化」として,ブリヂストンの奥氏にご執筆いただいた。奥氏は企業経営において人の育成は常に最も重要なテーマであると述べている。そして,従来「全員参加の改善活動」によって人を育成してきた生産現場にITを導入することによって,多様化する人財構成に依存することなく組織の自立性を創出し,現場力の高揚に大きく寄与するとまとめられている。業務改革という視点からのIT導入という議論が多いなか,真に「情報をタイムリーに共有化する」ことが問題の顕在化につながり,また誰もが同じレベルで情報を手に入れることが,本質的な人財育成の場になるとまとめられている。
(2)ケース・スタディ
①東陶機器/このケースでは,水栓金具の主力工場の製造部における教育活動の具体的内容が紹介されている。従来現場任せにされていた教育内容を体系化し,目に見える形に整備している。行われている内容は決して斬新なものではないが,そのベースとなっている「何をできるようにするか」が最終的な目的ではなく「個人の意識をいかに高く維持していくか」を強く意識されており,「時間と根気は必要だが,人が主人公の時代に沿って気持ちの通った教育体系へと進化させたい」という部分に,たとえ環境が変化しても人財育成の基本は変わらないという思想を感じることができる。
②西忠産資工業/産業資材用強力網の製造を行う,全従業員30名という小規模な下請け企業における人財育成の活動がまとめられている。中小・中堅企業の宿命として,多能工であることは必須であり,たった1人の戦力ダウンも経営全体に大きく響く。そこで西忠産資工業はTPM活動をきっかけに,トップダウンで改善活動を行うことによって,1人1人のレベル合わせとベクトル合わせを行っている。その取り組みのなかで,これまで特に中小・中堅企業では不明確になりがちな,上司と部下の「指導し,評価する」という関係を体系化し具体化することによって,人財育成の土壌が確立されている。
③横河電機/生産のグローバル化が進み,国内だけでなくグローバルな視点から人財・技能育成を行うことが重要視されるなか,横河電機では,グループ全体の人財育成の要として「もの作りセンター」を発足させた。ここでは主に,①グローバル人財・技能育成,②現場力量アップ,③製造加工技能育成・伝承,④品質作り込みへの取り組み,⑤技能インフラ整備の5つを柱に教育訓練が行われている。それらを通じて,「日本人固有のもの作りへのこだわり」を,いかに次の世代に伝えていけるかという模索が実践されている。
④日本マニュファクチャリングサービス/当社は製造請負業である。ここでは,まさに「人」が資源であり,ユーザーである製造業のニーズの多様化に対応するため,質の高い「人財」を供給するための取り組みについてまとめられている。「アウトソース化が健全な人財育成を阻んでいる」といった意見もあるなか,アウトソースされる側も同じ悩みを抱え,同じようによりよい人財育成のために試行錯誤を行っているという点が非常に興味深い。
(3)テクニカル・ノート
テクニカル・ノートでは,中京大学の浅井紀子先生に「強い絆と効率的な現場教育による混成部隊のマネジメントの潮流」と題して,従来の手法では通用しない混成部隊に対して,より強い現場を育てるにはいかにすべきか,様々な事例をあげながらまとめていただいた。
(4)インタビュー
シチズン平和時計のインタビューでは,時計事業を中心としたもの作りを国内生産のみで行うために,海外製品に勝る競争力を実現する人づくりについてまとめられている。具体的には,個人ロードマップに代表される「やるべきことを明確にする仕組み」,ビジネスライセンス制度に代表される「やったことを評価する仕組み」,一時金・会社創立記念日表彰に代表される「やったことに報いる仕組み」を三位一体で制度化して,全従業員の成長を支えている。
(5)プリズム
今回は人財育成の様々な取り組みという観点で,以下の3件をプリズムとしてご執筆いただいた。
①「育児と仕事の両立支援」では,住田氏がユニ・チャームにおける育児と仕事の両立支援の具体的な取り組みについてまとめられている。
②「技能/技術の伝承への取り組み」では,船の建造と修理を主たる事業とするアイ・エイチ・アイ マリンユナイテッドの松崎氏が,呉工場で進められている「技能師範制度」と「ITを利用した技能伝承」について紹介している。
③「開発途上国の産業人財育成事業」では,海外技術者研修協会の牧氏が,日本政府の政府開発援助事業(ODA)の一環として行われている産業技術者育成支援研修事業について紹介されている。
いろいろな業種業態,また,現場部門・管理部門など様々な立場から,人財育成の現状と今後を論じていただいた。しかし,共通していえることは「企業は人である」という基本的な信念と「人を育てるのに即効薬はありえない」ということではないだろうか。目の前の変化にただ動揺するのではなく,基本を地道に積み上げていくことこそが,変化に対応する近道なのかもしれないと感じている。
(斎藤 文/企画担当編集委員)