IEレビュー254号 特集テーマのねらい

 IEのプロを育てる

1 人材育成の必要性

ますます複雑化していく市場ニーズを受けて,製造企業には,これらの多様なニーズに柔軟に対応していくためのモノづくり力が,これまで以上に問われています。特に,過去の大量生産時代にあったような大振りで硬直的なモノづくり体制ではなく,モノづくりの仕組みを,改善活動を通じで恒常的かつ素早くマーケットに順応させていくことが求められていると言えるでしょう。過去に,セル生産方式の導入やアジア地域への工場誘致が,モノづくりを成功させるための何か唯一絶対の方程式かのように,もてはやされた時期がありました。しかしながら,最近の実体に目を向けてみると,セル生産ではない他社とは一味も二味も違う生産方式で成功をおさめている企業や,国内生産に敢えて強くこだわることで大きな収益を上げている企業も散見されます。むしろ,右に倣えではなく,自社の置かれた状況や,市場からの要求を的確に見定めた上で,自社に相応しい生産体制を整え,これを企業の強みに結び付けている企業は,多数見受けられるように思われます。そして,このような的確な判断と着実な活動を可能にするのは,勿論,企業内の人材に他なりません。

2 本テーマを取り上げた背景と狙い

本特集号では,このような思いを背景にしながら,生産企業における人材の育成,更には,もう少し絞り込んで,「IEのプロ」の育成というテーマを,雑誌を通じて,読者の皆様と再考してみたいと考えました。企業内におけるIErや生産技術者の役割り,位置づけを考えるとき,改善のためのモノの見方,資質,技術を備えた人材に寄せられる期待はますます高まっていると言えるでしょう。その現われとして,多くの生産企業では,改善活動を支えるための教育が熱心に行われています。しかしながら,その活動をもう少し掘り下げてみると,改善活動とそこから生み出される改善結果に重きが置かれ(勿論,これはこれで大変に重要なことだと思いますが),その基礎となるIEの知識や実行態度が,改善活動に携わるスタッフや作業者に十分に備わっていない,すなわち,教育されていないケースが意外にも多いように思われます。本来のIE教育には,手法の習得のみならず,その学習を通じて,データに基づいて改善課題を浮き彫りにする力の養成や,問題を理論的に捉えて真因を的確に追求する姿勢を養うといった狙いが背後にあったはずです。しかしながら,近年では,「IE手法は手間ばかり掛かって効果が薄い」とか「分析しなくても見ればわかる」といった表面的な理解から,その学習が敬遠される傾向が強いようにも思われます。また,企業による近年の積極的な人材教育を通じて,改善のための基礎知識を備えた人材の裾野は着実に広がってきてはいますが,一方で,改善領域の広範囲化や改善課題の高度化を受けて,IE技術を核にして他の管理技術(例えば,TPMやQCなど)やモノづくりの固有技術を融合させて改善活動を実行できる人材,人も技術もひっくるめてこれらをインテグレートし,改善活動を,熱意を持って引っ張っていける人材が大きく不足していることも事実ではないでしょうか。本特集号では,このような問題意識もあり,IE活動を積極的に推進する企業やIE教育に携わる大学関係者にご寄稿を頂き,「IEのプロ」をいかにすれば育成していくことができる(いこうとしている)のか,その教育コンセプト(教育プログラムの企画者・実行者の狙いや思い)とそれに向けた施策,工夫,教育プログラムなどを読者にお伝えしたいと考えました。また,そもそもIEは,「人,物,金,情報,時間などの経営資源を,科学的な方法で有効に使い,市場が要求する商品とサービスを高品質で安くしかもタイムリーに提供すると共に,それを達成する人々に満足と幸福をもたらす方法を探究する活動」(日本IE協会)と定義され,非常に広い活動体系を指し示したものと言えます。このような中にあって,企業や大学が,「IEのプロ」というものをどのように捉えているのか,この辺りについても明らかにしてみたいと考えました。

3 記事構成

(1)論壇
えちぜん改善実践舎の越前行夫氏には,「全員がIEのプロになるといい」との表題のもと,IEのプロやその育成法について論じて頂きました。IEがなぜ生産企業内に普及しないのだろうかとの問題提起から始まって,筆者の基本的スタンスである全員参加型のIEをベースにした,IEのプロ育成に関する自論が展開されています。IEのプロに求められる心・技・体や,IE研修の3原則など,ポイントをついた言葉で,改善活動に関する諸原則がコンパクトにまとめられています。
(2)ケース・スタディ
①ダイキン工業/同社では,季節性を持った多種少量製品の高効率生産に向けて,トヨタ生産方式をベースにした独自のPDS生産方式を展開しています。また,約30年に渡って,モノづくりのための教育システムが整備されてきました。本稿ではこの教育システムをご紹介頂きましたが,非常に精緻かつ奥深い体系であり,IE教育のひとつの理想形となり得るものであると思われます。
②日産自動車/本稿では同社のエキスパートリーダーである武尾氏より,IEのプロとその育成法についてのお考えを示して頂いています。「虫めがねの眼」と「鳥瞰の眼」,「リーダーシップの発揮」といったことがキーワードになろうか思いますが,同氏の豊富な経験に基づいた深い考えがにじみ出た原稿となっています。
③ミスズ工業/同社で行われている改善力を育てるためのIE教育の体系を非常に具体的かつ俯瞰的にご紹介を頂きました。理想と現実とのギャップ,先入観にとらわれない事実分析,失敗を恐れず改善に向けてまず一歩,といったことをキーワードに,同社が考える理想の社員像が示され,育成のための具体的な施策を提示頂いています。
④積水エンジニアリング/同社からは,従来のIEの考え方に,「設計的アプローチの導入」,「VEとの融合」,「全体最適の考え方の重視」といった点を付け加えた積水流IEについて,まず,ご紹介を頂きました。その上で,このようなIE技法を駆使できる人材を育成するための教育プログラムと,その効果について具体例を提示頂いています。
⑤オムロン倉吉/同社からは,人材の育成活動を含んだモノづくり体制の革新活動として,同社が現在取り組んでいるGear Change活動についてご紹介を頂きました。アイドリング,ロウ,セカンド,トップのそれぞれのフェーズでの狙いと中身を分かり易く示して頂いています。
⑥大阪工業大学/同大学では,(財)関西生産性本部(関西IE協会)との共同事業として,産学連携による「“モノづくり改革プロ”育成コース」を立ち上げています。このコースは社会人および大学生の実践教育に活用されていますが,本稿では,この立ち上げに向けて’05年より行ってきた準備活動の内容と,実践教育のプログラム内容をご紹介頂いています。
(3)座談会
本特集号では上記のケース・スタディに加えて,IEレビュー誌編集委員(産業界+学界)による,本テーマに関する座談会を開催しました。それぞれの団体におけるIE教育の実状,IEのプロに求められる素養とその育成方法,整備すべき育成環境などについて,互いの意見を述べ合っています。プロIEr育成のための方法論もさることながら,環境作り(IErが腰を据えて改善活動に取り組める環境の確保や地位の向上など)の重要性が指摘されています。
(4)プリズム
また,今回の特集テーマに関係する短編記事として,5名の方々にご執筆を頂いています。エプソンアヴァンシスの田中氏・小澤氏からは作業の動画マニュアルを作成するためのシステムのご紹介,DSSの伊藤氏からは,システムにおけるヒトの作業行動を捕捉・分析するためのシステムのご紹介を頂きました。また,ものつくり大学の河内氏からは,同大学で行われているモノづくり教育の実施内容についてご紹介を頂きました。プロフェッショナルネットワークの澤田氏からは,同氏のコンサルタント経験に基づくIEのプロが備えるべき資質・態度について,議論を頂いています。
(稲田 周平/企画担当編集委員)