IEレビュー255号 特集テーマのねらい

 グローバル生産体制の課題

1 日本企業のグローバル化の実態

1970年代日本車の海外輸出超過によって問題となった貿易摩擦を発端に,日本企業の海外進出は着実に進んでいます。経済産業省の第36回海外事業活動基本調査結果によりますと,’05年度における日本の製造業の海外生産比率は,16.7%と前年を更新し過去最高を記録しています。雇用も4年連続増加し,’05年度の現地法人における従業者数は436.1万人,前年度比5.4%増加し,過去最高となっています。このうち,製造業は362.2万人,対前年比6.4%の増加となっています[1]。これらの数字が示すとおり日本の製造業の海外依存度は年々増加し,グローバル化は業種業態を問わず避けて通れないといえましょう。’07年度ものづくり白書においても,日本の製造業各社はこのような厳しいグローバル競争に対応するため,世界規模での最適な機能分業を志向しつつ積極的に海外展開を進めていますが,その結果として国内製造業が空洞化するのではなく,海外生産拠点と国内生産拠点が相互に補完関係を構築しつつあるとされています[2]。すなわち,海外生産へのシフト=国内空洞化という構図ではなく,両方のバランスをとりながらいかにグローバル生産体制を構築するかが,今日的な生産戦略といえるのではないでしょうか。

2 課題は何か

国際分業というと「国内はマザー工場,海外は量産工場」と結論づけられるケースが多いのですが,少し長い視点で製造業が国際競争力を維持するためには,具体的に人・物・金をどのように運用していけばよいのかということについてのノウハウは,蓄積されていないのではないでしょうか。たとえば,個々のマーケットに対する個別製品仕様対応,部品共通化,設計・開発リードタイムの短縮などが課題として考えられます。設計者が近接した職場で,お互いに意思疎通しながら製品設計を行ってきたこれまでの環境から,価値観の異なる設計者がお互いに物理的な距離をおきながら協業して設計作業するために,どのような取り組みがなされているのでしょうか。また,グローバル展開を進めると,品質は各国個別の要求と企業としての品質維持という問題が複雑に関連し,予想外のコスト増やリコールといった問題を生ずる可能性が考えられます。そして,量産体制を支える製造技術をどのように維持し,次の世代に伝承していくのか,またそのための人材育成のしくみづくりは,どのようなものがあるのでしょうか。グローバル化というと経営戦略のレベルで議論されることが多いのですが,実際の現場では上記に上げたような問題をひとつひとつ克服していく必要があるのではないでしょうか。そこで,この特集ではグローバル生産体制を構築しつつある企業にお願いし,今直面している課題とその解決の方向性を紹介したいと考えました。

3 記事について

(1)論壇
日本を代表するグローバル企業であるコマツの執行役員・生産部長の大橋氏に,コマツグループにおけるグローバル生産体制構築のための諸施策を紹介していただきました。基本的には日本国内でキーコンポーネントを設計開発し,海外に展開していく「マザー工場制」をとっており,「誰が」「どこで作っても」「同じレベルの品質の製品が各拠点から供給できる」体制作りを進めています。そのなかで,結局グローバル生産体制構築においても,「問題点の見える化とコマツウェイに基づいた不断の改善」という基本が重要であると,締めくくられています。
(2)ケース・スタディ
①マブチモーターは他の製造業に先駆けて,海外進出を進めてきた企業です。その長い歴史のなかで一番重要な課題は人材育成であるとしています。積極的に海外拠点の現地人材を育成・活用し,グローバル化の進展という環境変化の一歩先を歩んできています。今後の課題として,海外拠点の人材を日本の本社でいかに活用するかということが検討されています。まさに,グローバル生産の先進企業であるといえるのではないでしょうか。
②KYBグループは,現在海外生産拠点として16か所を欧米・アジアに展開しています。従来は,国内マザー工場からの出張指導で海外拠点を指導してきましたが,拠点数の増加と生産機種の多様化によって対応が困難となりました。そこで,「世界同一品質の確保」「海外拠点の自立化」「グループの一体感の醸成」をめざして,新しくグローバル技術者研修を構築したという人材育成の取り組みを紹介していただきました。
③東芝家電製造の「白物家電」といわれる市場では,国内は飽和状態でグローバル市場でしか生き残れないというのが現状です。そうした環境のなか,製造拠点として海外工場,開発拠点として国内にグローバル生産開発センターという生産体制をもつ事例を紹介していただきました。冷蔵庫やランドリーといった製品について,それぞれの国の細かいニーズに答えながら需要を創造するための技術革新を同時に行い,かつ厳しいコスト競争にいかに勝ち残っていくかという古くて新しいテーマに地道に取り組んだというケースです。
④ブリヂストンは’88年にファイアストンを買収して,一気にグローバル企業となりました。直後は第一線の技術者が直接指導し日本式精神と生産技術の移植を進めましたが,’00年に入り中国を始めとするBRICsの経済成長に対応して毎年新たに工場を立ち上げなければならない状況のなかで,時間をかけた技術者養成が困難になっています。そこでIT(情報技術)を積極的に活用し,「暗黙知」を「形式知」に変換し,グローバルな生産技術展開におけるリードタイムの短縮を図っています。
⑤ヤマハ発動機の海外売上比率は現在約90%に達しています。その上,製品を出荷したら終わりではなく,必ずアフターサービス用の補修部品・用品の供給義務がともないます。そこで,’06年5月部品・用品ビジネスの中核センターとしてグローバルパーツセンター(GPC)を静岡県袋井市に設立しました。本稿では,10数年の歳月をかけて合計3段階のステップで行われたグローバルサプライチェーン構築の経緯とGPS設立のねらいと立ち上げまでの苦労が,慶応義塾大学の坂爪氏の取材によってまとめられています。
(3)テクニカル・ノート
テクニカル・ノートとして,東京大学の天野倫文氏が日本の製造企業の国際競争力とアジア分業戦略について,アーキテクチャと組織能力の視点からの考察をまとめていただきました。HDDと2輪車産業を例にしながら,グローバルな生産戦略成功の鍵は国際分業体制の組織デザインにあるとしています。すなわち,顧客やサプライヤーのオペレーションの近くに企画・統括機能を持たせることで現場の生産性を向上させることができ,また,現場近くにおかれる企画統括機能は人材開発の重要な場になっているとも指摘されています。
(4)プリズム
今回の特集の関連記事として4名の方々にご執筆いただきました。シェアード・ウィンの田中氏には,「人事も経理も中国へ」というタイトルで間接部門におけるグローバル化の実際をまとめていただきました。昨年9月NHKスペシャルで取り上げられ話題になったお話です。大田区産業振興協会の上原氏には,タイに建設された大田区中小企業向け集合工場について紹介していただきました。グローバル化が企業の大小を問わず進んでいる事例です。また,日本テラデータの佐藤氏には,グローバル展開を推進する上でデータウェアハウスをモノづくりにどのように活用すべきかについて紹介していただいております。最後に一橋大学の松浦寿幸氏に,日本企業の海外進出が国内の生産性にどのような影響を及ぼしているのかについてデータを使ってまとめていただきました。
時間・距離・言葉や文化の違い等々を乗り越えて生産を軌道に乗せる苦労を知り,グローバル化に直面されている企業の皆様の参考になればと願っております。
[1]経済産業省“第36回海外事業活動基本調査結果概要確報―平成17(2005)年度実績―” http://www.meti.go.jP/statistics/tyo/kaigaizi/result/result_0/result_l.html
[2]経済産業省“2007年版ものづくり白書” http://www.meti.go.jp/report/data/g70601aj.html
(斎藤 文/企画担当編集委員)