IEレビュー260号 特集テーマのねらい

 改善に向けた工場長・生産トップの役割

1 特集テーマのねらい

本特集では,工場長・生産トップの役割に焦点を当てました。工場長・生産トップの役割と聞くと,何か大上段に構えた大げさな企画のように聞こえるかもしれません。しかし,本企画で意図したことは,工場長や生産トップの方々が,日常の管理活動において,日々何を考え,どのようなことに重点をおいてマネジメントされているかを,素朴に問いかけてみようというものでした。経済的に厳しい状況の今だからこそ,工場を日々具体的にどのように運営し変革していけばよいのかといった工場長や生産トップのビジョン・思いが,より一層重要であると思われます。もちろん,一口に工場長・生産トップの役割といっても,企業の置かれた事業環境や業種・業界によって,かなり異なった位置づけや役割が必要になってくるかもしれません。しかしその一方で,工場長・生産トップの方々が日々のマネジメントを行っていく際には,業種や業界を超えて,各社ともかなり似通った思想なり,モノの考え方が存在しているのではないかとも思います。人材の育成や継続的な改善活動の進め方,それに工場長・生産トップの示すビジョンや思いといった,いわば人間臭い管理の根幹部分については,業種や業界の垣根を超えて,各社ともかなり共通した傾向を示すのではないかと考えました。そして,もしこのような仮説が正しければ,各社のマネジメントに通底している思想や考え方とは,どのようなものなのだろうかという,素朴な問題意識が本企画の発端でした。

2 テーマの骨子

本特集では,上記の問題意識にもとづき,工場長・生産トップとして,日常の生産活動を円滑に進める上での自身の役割や管理方法,また改善活動を推進していく上での自身の役割・思い,改善活動を継続していくための仕組み,現場を盛り上げて皆のベクトルを合わせていくための方策,中長期的な視点から部下を育成していく際の基本的な考え方,トップとしての心構えなどについて事例を収集しました。各社にケースをご執筆いただく際には,おおむね,以下の観点から記事を執筆していただきました。
①工場全体のQCDを維持・管理していくために,日常どんな工夫を行いながらマネジメントしているか?
②改善活動を維持・継続し,スピードをもって展開していくためには,どのような仕組みが必要になるか? またその際に,トップとしてどのような役割・思いが重要になるか?
③日々の生産活動や改善活動を通じて,現場を盛り上げ従業員のベクトルを合わせていくために,どのような工夫をしているか?
④中長期的な視点から部下を育成していくためには,どのような考え方が必要になるか?
⑤工場長や生産トップとして,どのようなビジョン・思い・執念を抱いておられるか?
各ケースとも,工場長・生産トップの方々の生の声を収録することができたと考えております。

3 記事について

(1)論壇
今回の論壇は,リコーの小澤氏に執筆していただきました。生産現場は,ハードウェア・ソフトウェア・ヒューマンウェアの3つの要素で構成され,これら3つの要素をつなぐ管理の仕組みが日常管理であり,3つの要素のどのひとつが欠けても,あるいはバランスが悪くても,機能を十分に発揮することができない。そのため,3つの要素をつなぐ日常管理の仕組みをどう定着させていくかが工場運営にとって極めて重要であり,少しずつ日々の小さな改善を積み上げていき,管理のレベルアップを図っていくことが肝要との主張がまとめられています。
(2)ケース・スタディ
①ボッシュの松尾氏には,モノづくり現場のトップとしてやらなければならないことは,儲かる工場ではなく,従業員1人1人の達成感,あるいは幸福感を満足させることができる職場作りであり,これを実現するための行動指針として,大きな声で挨拶,きちんとした服装,5S/6Sの徹底を日々心がけていることをご執筆いただきました。6Sとは,5Sに「S=しつこく」を足したものだそうで,何よりもこれら3つの行動指針を愚直にとことん実行することで,日々のQCD向上のための小難しいテクニックを駆使しなくても,相当レベルの工場を実現することができるとのことです。
②コカ・コーラウエストプロダクツの嶋田氏には,内部教育を通じた人材育成について思いの丈を語っていただきました。内部教育の一環として,小集団活動を展開した際には,「見るの原則」を徹底し,この原則の徹底を通じて,まず機械を見る,そして見ることで変化が見え,その変化がなぜ起こるか考えるようになったそうです。嶋田工場長いわく,工場のマネジメントとして何か変わったことは何もしていない,ただ内部教育を地道に繰り返し継続してやっているだけだそうです。
③クラリオン製造プロテックの黒田氏には,改善活動を維持・継続していくためのマネジメントについてご執筆いただきました。改善活動を活性化させるためには,自発的な取り組みや全体最適化,IE教育の重要性などとともに,生産トップがモノづくりに対していかにこだわり続けることができるか,いかに人に優しくなれるかが重要である点が述べられています。
④コマツの柳沢氏には,工場トップはどのように問題点を「見える化」して改善活動を進めていくかについてご執筆いただきました。「見える化」する際には,見に行く(Look)ではなく,見えてくる(See)ことが重要であり,「いつも見える」「早く見える」ことが問題点の顕在化にとって必要になるとのことです。
⑤TDFの佐々木氏には,IMMといういすゞオリジナルの生産マネジメントシステムをツールとして,いかに工場革新に取り組んでこられたかをご執筆いただきました。工場革新に必要なプロセスは,暗黙知の形式知化と新たな暗黙知の醸成の2つであり,工場トップは,この2つのプロセスのプロデューサーになることが必要だそうです。
(3)プリズム
今回のプリズムでは,工場以外の様々な組織における役割や思いについて,ご紹介いただきました。まず,①慶応義塾大学の河野元徳氏には,トマトの生産・流通プロセスにおいて,生産者と消費者の懸け橋となるコーディネータの立場から,農業ビジネスに向けた役割や思いについてご紹介いただきました。また,②早稲田大学の根来龍之氏には,経営情報学会の会長という立場から,いかに実務と研究の微妙なスタンスを舵取りしながら学会運営を行っていくか,そのためには半歩か一歩故意に遅れて実業界の動きを追っていく姿勢が重要であるという点についてご紹介いただきました。
以上,8つの特集記事を見ると,トップの役割・基本姿勢として,以下3点の共通項が存在するのではないかとの感想を持ちました。第1に,トップのビジョンや思いといった大上段に構えた大げさなものでなく,日々の日常管理を通じた小さな行為,例えば,挨拶や服装・掃除といったシンプルで単純な行為の積み重ねこそがマネジメントにとってはむしろ重要だという点です。ビジョンや思いを頭で考えるのではなく,いかに従業員の末端まで身体化させるかと,言い替えても良いかもしれません。第2に,トップのビジョンや思いの内容もさることながら,いかにこれを愚直にしつこく,徹底して繰り返していくかという実行局面の重要性です。とかく,我々はビジョンや思いの内容に目を向けがちですが,内容そのものよりも,いかに徹底してこだわり続けるかというトップの姿勢こそが重要なのではないかという示唆です。最後に,結局どの組織においても,人という要素に焦点をあてたマネジメントが重要であるという点です。日々のQCD管理にしろ,改善活動にしろ,結局は人に対する教育やモチベーションの維持・向上が重要であるという点です。企画担当者としては,以上3点の感想を持ちましたが,読者はどのような感想を持たれるでしょうか。本企画の内容が,少しでも読者の参考になれば幸いです。
(坂爪 裕/企画担当編集委員)