IEレビュー267号 特集テーマのねらい

 現場が人を育てる

1 特集テーマのねらい

いつの時代であっても製造業にとって重要な課題となっているのは,人材の確保と育成である。社内外の環境下における事業の継続,拡大を支えていくために人材戦略をいかに考え実施して行くべきかは,人事部門の課題としてだけではなく,製造業の企業課題として大きな比重を占めている。すでに日本は人口も減少をはじめ,縮小経済に入っている。国内の縮小経済対応として企業はグローバルにも拡大戦略をとっている。技術・技能者が不足している状態でのオペレーションを余儀なくされ,人材育成機能がレベルダウンした状態で兵站を伸ばした結果,今,大きな負担がかかっているのではないだろうか? 日本製造業の「品質」の代名詞である大手自動車メーカーの世界的な品質問題の際,管理体制の不備を認めた謝罪の会見には大きな衝撃を受けた。製造業としてのブランド,クオリティを維持していくためには,強固な基盤を持った製造現場を構築し,さらに,ゆるんだ地盤を常に固めていくという地道な活動が求められている。そのためには,現場を引っ張っていく,または,支えていく人材を継続的に育て上げていかなくてはならない。そのような人材は,座学の教育カリキュラムだけでは育てられない。本当の意味での人材育成の場は,「製造現場の活動」のなかではないだろうか? 自らの現場で,「待ったなし」の問題を解決していくプロセスのなかから,現場を知った人材が育っていく。競争に打ち勝つために,ストレッチした目標に面と向き合い,現場の知恵を集結させて壁を打ち破って行く。従来の考え方を変えることも必要である。変化に対しては軋轢が大きい。そのなかで意識改革がなされていく。そして,このような活動の繰り返しによって,質の高い,また,スピード感のある力強い現場が構築されていく。日本の製造業の強みとは,このような力強い現場力であるのではないだろうか。今回は,こうした考えからIEの原点に立ち返り「現場が人を育てる」と題して,現場に関わる部門での人材育成についてフォーカスを当ててみたい。前述のような人材が育っている現場を持つ企業とは,どのような風土を持ち,どのような取り組みがなされているのか。また,その風土を維持継続していくための取り組みは,果たしてどのようなものなのだろうか。閉塞してく国内製造業のなかで,地道に現場の組織能力を構築している企業の事例を追ってみる。

2 記事の構成

(1)論壇
 政策研究大学院大学教授の橋本久義先生に,執筆いただいた。近年,何かと悲観的に表現されがちな日本の製造業である。グローバル戦略のなかでは,国内の生産拠点は海外に移り,国内の拠点はどんどん縮小していくという表現が多く飛び交っている。しかし,本当に希望も薄くマイナス面ばかりなのだろうか。今まで築き上げてきた日本の製造業の力が,そう簡単には衰退するのだろうか。特にそれを支えている日本の中小企業の現場力は,なかなか真似のできるものではない。このような現場が日本のモノ作り人材を育てている。日本の現場力と現場が育てていくモノづくり人材について,強みおよび課題についてまとめていただいた。
(2)ケース・スタディ
①富士重工業・群馬製作所では,18年前からTPM活動を導入し,この活動の歩みを踏まえて,現場での活動の展開,人材育成との関わりについて現場の視点で紹介していただいた。伝承のためには,現場で先輩の背中を見て,それにならい,本人がどのような行動をとったかということが重要である。実際の体験談として4編をまとめていただいた。現場で絶え間なく繰り返され,受け継がれていく姿が貴重な経験として書かれている。
②山武の井上氏には,生産系人材の教育の取り組みについて紹介していただいた。生産拠点の再編成のなかで,モノづくりの強化,多能工の育成,市場の状況変化に対応する柔軟性の必要性に迫られ,社内の人材育成の取り組みを強化させてきた。生産職に必要な力と教育の目的を見つめ直し,現場を重視する育成プログラムを構築している。「人を中心としたオートメーション」という企業理念の下,人を大切にした視点で,人材育成体系構築のプロセスおよび考え方が整理されている。
③三菱電機・群馬製作所では,全社的な事業の見直しにより,生産部門の大規模な整理・縮小のなか,担当製品群の変化に対応するため,改善活動と人材育成に前向きに取り組んできた。そして現場力,改善意識をひたむきに向上させ,全社的に「元気な群馬製作所」と認められてきた経過が書かれている。JIT活動を進めることによる人材育成の取り組みと,一本筋の通った組織運営により,現場を中心とした活動からの人材育成と,組織作りが紹介されている。
④消化器内視鏡分野で世界シェアNo.1の会津オリンパスのDNAは,その組織運営にある。その会津オリンパスの福田氏からの執筆である。企業としてひとつの力強い意思に沿った職場作り,人材育成の施策まで組織的に運営されている。創立以来,一貫して変わっていない魅力ある会社創り,一流の人間創りという強い思いに沿った取り組み,そして,方針管理,行動規範を含めた組織構築,教育・訓練の施策が整った姿からは,場所がら「日新館」が思い出される。
⑤北日本電線の水戸氏からは,ラインカンパニー制の導入による事業体質強化と人材育成による現場力向上のユニークな取り組みを,紹介していただいた。工場内のひとつのセクションを模擬会社に見立てて,経営意識を持って工場現場経営を行うことで,実践的問題解決能力を向上させ,人材育成,そして強い組織を構築していった事例が,書かれている。実際のスクール生のコメントも含め,実践してきた内容が具体的に紹介されている。自分の給料を稼ぐという感覚を養い,経営的意識を活動のなかで浸透させていった興味深い事例である。
⑥NECワイヤレスネットワークスの末光氏からは,経営革新活動を進めるなかで,進化し続ける生産ラインの要求に応えられる設備開発力の向上という面で,人材育成の取り組みをまとめていただいた。あるべき姿へいかに速く近づけるか,そのためには,生産技術者と製造ライン作業者全員をスキルアップしていかないといけない。その取り組みとして「ラインクリエーター」「スーパーラインクリエーター」という形での人材育成の事例を紹介していただいた。
(3)プリズム
①セイコーエプソン・ものづくり塾の宮澤氏には,特に技術者を育てるというテーマで執筆いただいた。一昔前,技術者は現場を見て,実際に製造する人に話を聞きながら図面を描き設計をしていた。しかし現在は,生産拠点のグローバル化,外注化の多用など,経営環境が変わり,技術者が実際の現場に足を運び,現場でモノ作りに実際に携わっている人と膝をつき合わせて設計していくことが少なくなってきている。技術者のモノ作りの力を維持していくのが難しい状況になっている。その課題に取り組んだ,ものづくり塾の特徴のある取り組みを紹介いただいた。
②アヴァシスの河口氏からは,作業現場における効果的な技術教育として動画マニュアルを簡単に製作できるシステム「i.ADiCA(アイアディカ)」について紹介していただいた。どこで誰が作っても,「Japan品質」を維持することができ,また,技術・技能を継承していくためのツールを実際の企業の導入事例をベースに紹介していただいた。

3 おわりに

今回,特集記事を書いていただいた企業のどれもが,厳しい環境下のなかで,さらなる組織能力の向上を計るため,その中核となる人づくりに重きを置き,知恵と力を注いでいる。企業組織を構築する最大の要素である人材の育成の取り組みを実直に,工夫を凝らして進めている。そして,それが企業の活力に結びつけている。製造業にとって組織能力を構築していくための取り組みは,いつもその中心が現場にあり,そこを軸に活動がなされていることがわかる。人を育てる現場,それが日本の工場の現場である。もう一度,自信を持ってこの苦難の時流に立ち向かいたいものである。
(加山 一郎/企画担当編集委員)