IEレビュー282号 特集テーマのねらい

 サービス産業の生産性向上活動

1 特集テーマのねらい

21世紀に入り日本は超高齢社会を迎え,消費市場は成熟期を迎えている。消費の関心は「モノからコト」にシフトし,製品の消費よりもサービスの消費が主流となっている。その結果,日本のGDPに占めるサービス業(第3次産業)の割合は70%を超え,経済のサービス化は飛躍的に進展している。しかし,日本経済におけるサービス産業の重要性の拡大にもかかわらず,その生産性の伸びが製造業と比べて相対的に低いことが指摘されている。その背景のひとつには,一般にサービス業の業種業態は多様であり,新たなニーズに対応して生まれる若い産業が多く,中小企業比率も高いという特徴があげられる。そのため,体系的なサービス産業人材育成のためのカリキュラムなどの整備が遅れ,担い手となる人材の育成が進んでいない。また,ITの活用も限定的である。しかし,前述したように経済の主役を担いつつあるサービス業の生産性の向上は,日本経済における重要な課題と考えられる。これを受けて,国においてもサービス産業生産性協議会の発足をはじめとしたサービス産業強化のための取り組みが行われている。その結果として,ハイサービス300選で報告されているような成功事例も多く見受けられ,IEを使った活動が徐々に浸透してきている。また,食糧自給率の低下や農業者の高齢化など,多くの課題に直面する農業においても,安倍政権が進める成長戦略のなかに「農業の産業競争力強化」が掲げられ,さまざまな取り組みが試みられており,農業の効率化はサービス業の効率化と同様に重要なテーマになっている。一般に,製造業において改善の指標として取り上げられる生産性は,生産物の量(アウトプット)を投入資源(インプット)で割ったものである。生産性向上活動においては,この分子=インプットを小さくするか,分母=アウトプットを大きくするか2つのアプローチが考えられる。分子(インプット)を小さくするとは,投入資源を小さくすることであり,「工数削減」「リードタイムの短縮」「在庫削減」といった,いわゆる効率向上の取り組みである。このような活動は,昨今サービス業においても積極的に取り入れられている。特に日本の製造業で強みとされている「トヨタ生産方式」を,製造業で活躍していたIErを指導者として招いて,成功に導いているという例も多く報告されている。しかし,単純に製造業におけるアプローチを右から左に流用しているというのではなく,サービス業の特性にあわせた独自の創意工夫が見て取れる。例えば,サービス業の特性である「同時性」,つまり生産と消費が同時に行われるために提供プロセスそのものがお客様にとってのサービスであり,提供プロセスで価値(アウトプット)が生み出されるといった特性から,サービスを提供する者は,その企業の「経営理念」や「お客様が求める価値」を十分に理解しておかなければならない。その上で,提供プロセスをいかに効率的に行うか,という視点が重要になる。そこで今回の特集では,サービス産業の特性を踏まえて,生産性向上を実現した成功事例を特集することにより,IEの新しい可能性と製造業が学ぶべきことについて紹介することをねらいとしている。

2 記事の紹介

(1)論壇
 論壇では,サービス産業革新推進機構の内藤耕氏より,サービス産業の生産性向上のための工学的アプローチについて具体的事例を挙げながら解説していただいた。内藤氏は,サービス産業の生産性向上のための普及活動を幅広く手掛けてこられている。ここでは,サービス産業における生産性のとらえ方について詳しく解説していただいた。また,生産性向上活動を企業の成長に結びつけた事例を紹介いただき,サービス産業における工学的アプローチの基本的な考え方と重要性が示されている。
(2)ケース・スタディ
①医療分野における生産性向上活動の事例として,長崎大学病院の松本武浩氏より取り組みを紹介していただいた。大学病院は,特に地方においては,過疎化・高齢化の急速な進展,医師・看護師不足など,様々な課題をかかえている。それに対して,病院情報システム更新をきっかけに大胆な業務改革に取り組んだ事例である。アプローチはきわめてオーソドックスなIEであるが,業務をきちんと分析して改善を積み重ねることによって,総診療報酬の増加だけでなく医療現場において重要な医師や看護師の満足度の向上を同時に実現している。
②外食産業の事例として,がんこフードサービスの新村猛氏よりIE・工学的アプローチの導入事例について執筆いただいた。同社では早くから従業員による小集団活動を導入したり,サービス業におけるIEの活用では大変先進的な取り組みがなされてきている。また,IT導入も積極的に行われ,客観的データに基づく工学的なアプローチの活用が紹介されている。
③コープさっぽろでは,パートなどの非正規雇用の従業員すべてを巻き込んで,単に商品を販売する小売現場の作業改善だけでなく,安全安心な食に関する活動や環境に関する活動,さらには地方の高齢化に対応した地域の見守りといった幅広い活動を行っている。それらの活動をすすめ,かつ成果を挙げながら,非正規雇用の従業員を含めた現場の職員のモチベーションの維持と活性化を実現するためには,トップの熱意や現場を重視した姿勢がいかに重要かということが感じられる事例である。
④銀行の窓口というのは,待ち時間が長く,煩雑で不便だというのが一般顧客のイメージである。それに対して,りそな銀行では,顧客の立場に立ったサービスとは何かを原点に,「これまでの銀行の常識を捨てよう!」をスローガンに掲げて大胆なオペレーション改革を行った。銀行員の本来の業務は顧客とのコンタクトのなかに存在するという視点に立ち,それ以外の事務処理は様々な工夫によって排除し,次世代型店舗を実現している。活動の内容はIEの基本にきわめて忠実であるが,CS(顧客満足)を常に意識した改善のアプローチは製造業における改善活動においても学ぶべきところが多い。
⑤ケース・スタディの最後は,経営技術研究所の藤井春雄氏より,農業の生産性向上について紹介していただいた。厳密には農業はサービス業ではないが,サービス業と並んで今後の日本の成長戦略の重要なテーマのひとつであり,様々な可能性をもった分野といえる。これまで,効率とは無縁の印象があった農業を,製造業やサービス業と同じ生産システムとしてとらえ,生産性向上をIEの視点から取り組んだ事例として大変興味深いものとなっている。
(3)レポート
日本IE協会と日本経営工学会,サービス産業生産性協議会の三者による「サービス業KAIZEN推進委員会」の活動をレポートとして掲載している。この委員会は,サービス業で生産性向上活動の顕著な成果をあげた企業をケースとして取り上げ,ベストプラクティスから学ぶという視点から,サービス業におけるIEの活用事例を分析することによって,IEの可能性を探るものである。
(4)プリズム
プリズムは2件あり,ひとつはサービス産業生産性協議会より,経済産業省を中心としたサービス産業の生産性向上に向けての国の取り組みをまとめていただいた。もうひとつはNECが取り組んでいる農業におけるICTの活用の紹介である。従来,人手に頼っていた農業のあらゆる分野にIT活用の可能性があり,また着実に実績をあげていることがまとめられている。

3 まとめ

今回の特集を通じて,従来製造業中心に展開されてきたIE,生産性向上活動は徐々にサービス業,農業と幅広い分野にその活動の場は拡がっており,着実に成果を生み出しているということが確信できた。また,一見活動自体は製造業の場合とまったく変わらないように見えて,いくつかの違いを見て取ることができる。例えば,効率化と顧客満足が別の次元にあるのではなく,同時に達成しなければならないということ,また,サービス業の主体はサービスを提供する従業員(人)であるために,顧客に見えない部分における効率化であっても,それが従業員満足度を下げるものであってはならないといったいくつかの知見を得ることができた。今回の特集で取り上げられた事例に限らず,サービス業における生産性向上活動が新しい分野に拡がり,IEが進化していくことを期待したい。
(斎藤 文/企画担当編集委員)