IEレビュー283号 特集テーマのねらい

 生産・物流のリスクマネジメント

1 特集テーマのねらい

リーマンショック以降,少しずつ景気が回復しつつあったなかで,東日本大震災,タイの大洪水,中国や韓国での反日運動などが発生した。そして今後は,首都直下地震や東南海地震(南海トラフ地震)などが極めて高い確率で発生すると指摘されている。また,最近では人件費や製造費などの観点から,海外で部品を調達・生産し他国へ輸送するといったサプライチェーンのグローバル化が急速に進んでおり,国際テロリズムやパンデミック(世界的流行病)の発生を含む,カントリーリスクの影響も無視できないものとなっており,リスク要因は増加の一途を辿っている。本号では,このように定量的予測が極めて困難で発生するとサプライチェーン全体が大きな混乱(supply chain disruptions)に陥るような事象に対し,各企業ではどのように生産や物流分野におけるリスクマネジメントに取り組んでいるのかを特集したい。ここで重要な点は,大きな自然災害やテロなど一度発生すれば非常に大きな被害をもたらすが,発生頻度が低い事象にどのように対応するのが適切かという問題である。大きな災害が発生しても顧客に迷惑をかけず,通常通りの納品をするためには,普段から自社で余分に在庫を保持したり,複数の異なる地域のサプライヤーから同一部品を調達したりするなどのバックアップ体制を強化する必要があろう。しかしながら,このような対応を継続することは,Just In Timeに代表されるようなリーンな生産・物流による低在庫政策と比べ,在庫管理費の増大や規模の経済性を活かせないなど,様々なコストアップ要因となり,通常時における企業競争力を下げることに繋がってしまう。一方で,災害発生時の対応がまったく講じられていないような企業に,基幹部品の製造を委託することは,多くの企業が躊躇しビジネスチャンスを失いかねない。多くの企業では,この両者の狭間で困難な意思決定に苦しんでいる。定常的にはリーンなモノづくりをしつつも,災害が起きたときにはそこからの復旧・復元が素早い・復元力のある生産・物流体制の構築は,そのひとつの解なのかもしれない。近年このような回復力のある,頑健で強靭なシステムは,しばしば「レジリエント」「レジリエンス」と表現され,学会における雑誌や論文,論文の特集号のみならず,一般向けの書籍などでも論じられている。災害を完全に未然に防ぐことは極めて困難なので,災害を想定し,災害発生からいかに早く復旧するか,そのためには,ネットワークの弱点把握,重点的な在庫配分,バックアップルートの構築などについて論じられている。以上より,この特集では,主に生産や物流関連の分野において,リスクマネジメントに関する各企業の取り組みについて,以下のような記事をまとめてみたいと考えている。
 ・ 防災への取り組み:災害発生前に,被害が発生することを防ぐための対策。
 ・ 減災への取り組み:いかなる防災対策を行ったとしても被害は必ず発生するという前提のもと,災害発生時における被害の最小化をするための対策。
 ・ 回復力向上への取り組み:災害発生後から災害発生前の状態へ迅速に復旧するための対策。
 ・ 上記のほか,ヒューマンエラーなどの人的リスクも含めた様々なリスクマネジメントに関する取り組みや対策。

2 記事の構成

上記のねらいにそって,本号では,以下の論壇1件,ケース・スタディ4件,会社探訪1件の記事を掲載している。主な内容を要約しておこう。
(1)論壇
名古屋大学の福和伸夫先生に,「企業の克災――過去に学び現在を点検し南海トラフ巨大地震に備える――」と題して執筆いただいた。自然災害による影響を減らすためには,過去に発生した災害が社会に対して与えた影響を詳細に分析し,過去と現代を対比することにより,現代社会の災害脆弱性を知り,将来に備えることの重要性が論じられている。例えば,地震規模や人口比などを考え合わせると,さきの東日本大震災は関東大震災と比べて多くの命が救われ,国家経済に与えた影響も小さかったことなどが具体的に触れられている。コストをかけて状況分析を行い,災害に対して入念な備えをすることが,リスクマネジメントに確実につながってくることを確認できる内容となっている。
(2)ケース・スタディ
①パナソニック エコシステムズの上田哲也氏,山本幸宏氏に,「事業継続活動(BCM)の取り組み」と題して執筆いただいた。同社では,事業継続計画(BCP)策定を2010年度までに完了しており,現在はマネジメントとしての事業継続活動(BCM:Business Continuity Management)に取り組んでいる。具体的には,ハード対策としての耐震補強工事や転倒防止・落下防止などを行い,今年度からは第2フェーズに入っており,ソフト対策としての「基本行動フロー」「緊急対応業務」「復旧対応業務」「作業手順所」などの見直し整備を行っている。また,有事の際の行動を,従業員全員に定着させるために,年3回行っている訓練(防火防災訓練,初動訓練,復旧訓練)などについても紹介いただいた。
②ルネサスエレクトロニクスの海藤厚志氏に,「災害に強い供給体制への取り組み」と題して執筆いただいた。同社は,東日本大震災の際に,基幹工場の那珂工場が大きな被害を受け生産停止に追い込まれ,自動車・電機・産業機械など,広範囲なサプライチェーンに対して大きな影響を及ぼしてしまったという苦い経験をもとに,BCP(事業継続計画:Business Continuity Planning)の見直しを行い,災害に強い供給体制の構築に取り組んでいる。特に今回の原稿では,「工場の耐震強化」について,被災と復旧の事例を交えて紹介していただいた。
③伊藤製作所の伊藤澄夫氏に,「リスクヘッジする中小企業の海外戦略と人づくり」と題して執筆いただいた。伊藤氏には,数多くの具体的な事例を参考としながら,リスクマネジメントの観点から中小企業の海外進出戦略について論じていただいた。ここでは単に人件費や物流費のみならず,各国の政治や文化,歴史的背景なども総合的に勘案しながら意思決定を行うことの重要性が述べられている。
④リコージャパンの細谷健司氏,リコーの永田嘉和氏に,「契約書管理のBCP対策とリスクマネジメント」と題して執筆いただいた。震災後にリスクマネジメントとしてBCPを策定している企業が増えているが,事業を継続するためには,人,モノ,金とならび重要な経営資源としての「情報」や「時間」に対する適切な管理能力が求めらる。ところが,紙原本や契約情報,交渉履歴,決裁情報などの管理が十分なされていない企業が非常に多い。例えば,紙原本の消失や対象情報に辿り着く(探す)までにかかる時間が長すぎるなど,「情報」「時間」に対する生産性の低さが大きな問題となっている。ここでは,リスクマネジメントという観点から契約書管理について論じていただいた。
(3)会社探訪
愛知工業大学の小橋勉先生に,「防災力向上に向けての絶えざる改善」と題して,アイシン・エィ・ダブリュの会社探訪を執筆いただいた。三河湾に面した蒲郡工場におけるBCPへの取り組みとして,屋上非難場所の設置(津波対策)や,防災への取り組みを評価するための方法として「防災カルテ」などが紹介された。ここで重要なことは,同社は以前よりかなり高度な防災力を有しているにも関わらず,その向上に向けて絶えざる改善を継続していることである。リスクマネジメントも通常の生産や物流と同様に,継続的な改善活動の結果として,より高いレベルの管理ができるようになるという点が大変興味深い。

3 おわりに

この特集号を通して,リスクマネジメントについて各社の取り組み状況を理解すると同時に,自社の弱点を認識し,今後の計画立案を行う際のご参考になれば幸いである。最後になるが,大変お忙しいなかご寄稿をいただいたすべての執筆者に,心より感謝を申し上げ結びとしたい。
(伊呂原 隆/企画担当編集委員)