IEレビュー288号 特集テーマのねらい

 海外人材育成の課題

1 特集の背景

近年,国内市場の縮小,新興国市場の拡大により,日本の企業は製造業のみならず,サービス業などにおいても海外進出を強めている。特に,最近の製造業においては,生産拠点のみならず,開発・設計部門や販売・サービス部門までもが海外に進出しており,需要のあるところで一貫したモノづくりを行う,いわゆる地産地消が推進されている。それと同時に,海外拠点におけるマネジメントのローカル化も進められており,モノづくりを担う海外人材の育成がその重要性を増している。本特集では,海外人材育成の課題と題し,現地におけるモノづくり人材をどのように育成するかという点と,それを担う,特に国内人材にはどのような資質が求められるかという両方の点から,グルーバル展開を加速する日本企業の人材育成の取り組みについて考えてみたい。

2 特集の着眼点

まず,1点目の現地におけるモノづくり人材をどのように育成するかについて見てみたい。従来から海外人材というと,その定着率の低さが問題視されてきた。企業は,職場の一体感や会社への忠誠心を向上させようと,職場運動会など,海外人材が参加するイベントの開催や企業理念を浸透させる教育,さらにはインセンティブの付与など,様々な取り組みを積み重ねてきた。最近では従業員個人の心のなかに働きかけようとする企業も出てきた。例えば,富士ゼロックス深圳では,毎週水曜の夜,役員が従業員の相談にのる「接見日」を設けている。そこでは,仕事の悩みや職場のマナー,さらには人生の目標についてまで,1人当たり1時間,じっくり話し合うそうだ。周辺の工場では離職率が10%を超えるところがあるなか,この工場では3%台を維持しているという。厳しい競争を勝ち抜く上で,従業員の幸福感を満たす人材マネジメントが重要という一例である。また,そこには,進出先の国々の文化や国民性について十分な理解があることも忘れてはならない。2点目の海外で人材育成を進める場合,それを担う人材はどのような資質を持つべきかという視点も重要である。それというのも,日本から赴任する人材の多くは現地で管理職となり,海外人材を育成する立場となるからである。そうした人材に求められる資質を企業に問うと,語学力,技術力,指導力など多方面に力量を持つ人材を挙げるところが多い。しかし,そうしたオールマイティな人材を育成することは現実的になかなか難しく,企業によって優先順位を設けているように思われる。一例として,ユニ・チャームの取り組みを紹介したい。同社の海外赴任者は40歳以上のベテランが多く,語学力はほぼ不問,英語能力テストTOEIC400点台の人もいるそうだ。選考基準は,同社独自の経営管理手法である「SAPS経営」,すなわち計画を立てること(Schedule),計画通りに実行すること(Action),効果を測定し,反省点・改善点を抽出すること(Performance),反省をいかして次の計画を立てること(Schedule),を良く理解し,実行できることだという。社員の現地化が進むなか,企業理念をしっかり教え,実行させ,強い組織を作ることができる人材こそが肝要である。以上,本特集に対する2つの着眼点について,事例を含めて述べてきた。海外人材の育成法,課題に対する対応策はひとつではない。企業によって,いろいろな検討がなされている。その代表例として,以下のケース・スタディで取り上げる5社の海外人材育成の取り組みを見ていただきたい。

3 記事の概要

(1)論壇
今回の論壇は,「海外における現地人財の育成について」というタイトルで,IDEASの竹内常善先生に寄稿いただいた。1985年のプラザ合意以降,多くの日本企業が海外に進出するなかで,市場予測の誤りや提携相手の選択ミスなどとともに現地に派遣された人材の資質の欠如を原因とした失敗事例の多さを指摘した上で,大野耐一氏の「大野サークル」を取り上げ,その土地の人々と同じ目線に立つことの重要性を説き,作業現場だけでなく,経営と社会の変革に立ち向かう「人財」の育成が必要だと主張されている。
(2)ケース・スタディ
①ヤマザキマザックの髙田芳治氏,松宮文昭氏,春田守年氏には,「中国における工作機械づくりと人づくり」というタイトルで,中国内陸部にある同社第4の海外工場の立ち上げと現地従業員の人材育成を紹介いただいた。大量の新卒従業員に対して,専門的な技術教育・技能訓練を実施したほか,チームワークの大切さや,ミスを犯した際の罰金を課す取り組みなどを交え,離職率5%台を維持している。「文化の違いはあれど,人の本質に大差なし」という言葉に,実体験の重みを感じる。
②日産自動車の竹原永郎氏には,「海外拠点における人財育成の取り組みと課題」と題し,1980年代から本格的に始まった海外進出とそれに対応した人財育成の取り組みを,NPW(Nissan Production Way)の確立,ルノーとのアライアンス,リーマンショック,そして現在のAPW(Alliance Production Way)へと年代を追ってまとめていただいた。地域主導システムとNPWエキスパートシステムという同社のグローバル人財育成体制の2本柱の生い立ちが詳述されている。米国工場従業員の大量採用時の人材育成など,さらに詳細を伺いたくなる内容であった。
③コマツの高橋康氏には,「グローバル人材育成の取り組み」というテーマでインタビューをさせていただいた。あえて日本語のまま,「コマツウェイ」の冊子を現地に持ち込み,タイ人管理職と議論し合いながらタイ語に翻訳し,従業員への浸透を図ったこと,マネジメントのローカル化を進めるために,現地マネージャを厳しく鍛えたことなど,ご自身の2度にわたるタイ赴任の経験を踏まえ語っていただいた。また,グローバル人材については,語学力とともに,「若いうちに自分の専門分野に一生懸命取り組み,身に付けることが大事」と話されている。コマツウェイ総合研修センターなど,人材育成のための充実した教育体制を整える一方で,そこに魂を吹き込む様々な取り組みが成されていることに強く感銘を受けた。
④イビデンの垣見育男氏,小野正治氏には,「自掛りによる『ものづくり人財育成』の取り組み」と題して,2004年度以降,国内外での事業拡大で,非正規社員の増加など,外部依存度が増すなかで,競争力を維持・向上させるための人財育成にいかに取り組んできたかについて執筆いただいた。ものづくり強化の中心活動であるTPM活動をさらに強化するとともに,ものづくり人財教育センターを設立し,オリジナル教材を用いた社内講師による教育,自作教育キットを活用した訓練など,きめ細かな取り組みを実施している。実際の現場で,自前で,すぐに問題解決できること(自掛り)をめざした研修は大変参考になる。
⑤日立オートモティブシステムズの黒木達郎氏には,「モノづくり世界No.1に向けたグローバル人財育成」と題し,2012年11月に開設されたグローバルモノづくり教育センターを中核とした同社の人財育成の取り組みについて執筆いただいた。技術・技能の向上はもちろんのこと,受講生同士のネットワークが築かれたとか,受講生の業務への取り組み姿勢が積極的になったなどの効果もあったという。現地の方々による海外拠点人財の育成(教育の自前化)など,教育関係者の参考となる取り組みが大変詳しく記載されている。

4 おわりに

人材育成を言い換えると,「だれが」「だれに」「何を」「どのように」教え,身に付けさせるかということになる。会社の実情,取り巻く環境,過去の経験などを踏まえ,各社が目標とする国内外人材育成の姿を明確にして,これら4要件の中身を十分に練り上げていくことが肝要である。今回5社から寄稿いただいたケース・スタディは,皆様がそれを推し進める際のヒントとして,大いに役立つものと考えている。海外人材育成は,今後日本企業が海外市場を獲得し,さらに発展していく上で欠かせない最も重要なテーマといって過言ではない。本特集が,各社のモノづくり人材育成・強化の一助となれば幸いである。
(日下部 勝/企画担当編集委員)