IEレビュー290号 特集テーマのねらい

 現場の困りごとを聞こう

1 特集テーマのねらい

困りごとを聞く? それは何のためか。困りごとを聞いてどうするのか。本特集では、困りごとを聞くことによって、工程改善や作業改善を能率よく行っていこうと考えている。困りごとを聞くとは、従業員のガス抜きをしようとか、労働意欲を高めようとかいうことではない。あるいは、「お金に困っている」とか、「社内の人間関係で困っている」とかいうような困りごとでもない。改善の対象は、だれが見ても明らかに改善が必要であると思われる工程や作業がある一方、現場の作業者しかわからないものがある。さらに、現場の作業者でさえ、改善の余地があるかどうかがわからない改善対象がありうる。たとえば、1日の作業が終わると、手首が痛くなるとか、ある時は簡単に作業ができてしまうが、ある時は同じ作業なのに時間がかかってしまうというような、さほど重大とは思えない現象ではあるが、奥底には大きな問題を有している改善対象がありうる。このような改善対象は、提案制度を使ってもなかなか浮かび上がってこないことが多い。提案制度では、問題を見つけた人自身が、その問題の解決策を考えて提案しなければならない。ということは、問題があることが分かっても、つまり困りごとがあることは分かっていても、解決策を考えつかなければ、提案できない。ということは、その問題は自分以外の人の意識にのぼらず、埋もれてしまうかもしれない。このようなことを避けるには、問題は提起するだけでよいことにし、解決策はあとでじっくりと考えていく、あるいは別の人に考えてもらうというような制度にすることが考えられる。このような制度、つまり、解決策あるいは提案のない、問題提起のみをする制度をつくってはどうかというのが、本特集の趣旨である。

2 記事の紹介

(1)論壇
「改善作業の分業化と制度化」(早稲田大学・黒須誠治先生)
改善作業を問題発見作業と問題解決作業の2つに分けて、それぞれ分業化することを提案している。通勤電車の吊革の改善を例にして、問題の発見から解決までのプロセスを推定し、改善作業の観点から、それぞれの作業の違いを明確にしようと試みている。また、解決策の提案のない、つまり問題提起をするだけの制度として、「三行提報」制度という実例を紹介している。
(2)ケース・スタディ
①「1人1人が輝く全社的改善活動」(シガウッド・中村修三氏)
発生しそうな問題を把握するためには、担当者に聞くことが大切であるとしながら、それ以上に担当者本人が自発的に意見を発しやすい環境作りを行うことが重要であると考えている。そのひとつの方策は、グループ朝礼を毎朝行っていることである。グループ内で互いに「今日実践すること」や「前日気づいたこと」 などを伝え合う。また、5分間ミーティングと称するミーティングを1日の最後に行い、「困りごと」にまで至らない「気づいたこと」を共有し、うまくすればそれを改善に発展させる環境作りを行う。このように、現場で発生している問題を把握するために、現場を直接見る、普段からのコミュニケーションを促進する、信頼関係を構築し、お互いに発信と受信ができるようにするなどの環境作りが必要だと考えている。
②「間接部門における問題の見える化」(セキソー・山田昌也氏)
後工程はお客様と考え、後工程の声を聞き、問題を見える化して改善しているという。そして、間接部門の仕事においても問題を見えるようにし、改善するように務めているとのことである。たとえば、設備の設計をする際、まず構想検討図を描く。そこに、関係者が集まり、問題や要望を描き込んでいく。こうして、問題点を洗い出し、改善も行っている。場合によっては、管理者が赤字で爆弾マークをつける。爆弾マークが頻発するとそこがうまく機能していない仕組み上の問題がある可能性があり、仕組みを見直すようなアクションを起こす。たとえば、“人による塗装・焼付への投入・取出”というようなコメントを爆弾のなかに記入し、アクションを促す。
③「現場の困りごとを聞く経営」(柿内幸夫技術士事務所・柿内幸夫氏)
「現場の困りごとを聞こう」ということで、「知のすり合わせ」を活用した「ワッショイ経営」という経営の方法が提案されている。これは、全員が現場でモノを見、手で触りながら順番に自分とのかかわりや問題点を語り合うことで、全体を理解した上での問題把握ができ、助け合い・協力を前提とした全体最適での改善実行が可能となるという考え方である。これが、「知のすり合わせ」である。また「ワッショイ経営」というのは、皆がひとつになって力を合わせるという意味である。さらに、「KZ法」と「チョコ案」という2つの方法が紹介されている。ここで、KZ法の“K”は「改善」、そして“Z”は「全社」のイニシャルである。一方、「チョコ案」というのは、ちょこっとした小さな案でいいからみんなが改善を実行し、それをメモに書いて報告し合おう、という仕組みである。
④「現場に気づきを与える“改善のすすめ”」(青山学院大学・松本俊之先生)
現象をよくみることが問題発見と改善の第一歩であると考え、30名くらいの会社で実践した結果、改善の報告件数は3年間で863件挙がったという。実践した方法は、まず、4~5名のチームを5チーム作り、みんなで工場を歩き回りながら問題点をポストイットに書いて集める。そして各チームでポストイットを模造紙に貼るが、この時、問題点を分類して整理する。そして、簡単なすぐできる問題から改善を実施して達成感を味わいながら、だんだん大きな改善にチャレンジしていった。
⑤「現場の困りごとのない会社をめざして」(衣浦メンテナンス工業・畔柳吏宏氏/慶應義塾大学・市来嵜治先生)
従業員40名くらいの会社の社長が社員みんなに「何か困っていることない?」と聞いたら、「もっと人を雇ってくださいよ」くらいしかなかったという。つまり、困りごとがあまりない会社だということである。しかし、中長期的なこと(発展や改善)を考えて、社員に様々な教育の機会を設けるようにしているとのことである。資格や国家検定の費用や日当も全額、会社が出している。また、顧客が5Sのような活動を始めたら、同社でも、その顧客と同一活動するようにしているという。
(3)プリズム
「製造現場における目安箱の活動に関する考察」(大阪工業大学・皆川健多郎先生)
改善方法を提案用紙に書かなくてもよいという提案制度を行っている会社を紹介している。改善方法が書いていない提案書といっても、改善場所、改善すべき点は書かれているということなので、本特集の困りごとを聞く制度に近い。そして、この提案書には1件あたり10円を課金しているとのことゆえ、ますます本特集の考え方に近い。

3 まとめ

本特集の意図は、率直に困りごとを聞く制度の提案と、そのような制度の現実を見てみることであった。ここで、困りごとを聞く目的は、工程改善や作業改善のためであって、従業員の愚痴を聞いてあげるとか、動機づけを行うためというわけではない。しかし現実には、従業員のモチベーション向上という目的を含む場合も多々あるということを改めて感じた。また、従業員に、純粋に改善のために聞くのだといくらいっても、その通りには解釈されそうもないということも改めて感じた。したがって、改善対象を発見する作業と改善策を案出する作業の2つに分業化していくことは、まだまだ先の課題だと思った。そして、そのような分業化はすべきではないという考えを持っている人も多い。その意味で、今回の特集は問題提起ということで解釈していただければ幸いである。
(黒須 誠治/企画担当編集委員)