変化に強いモノづくり
2025年9月 / 340号 / 発行:2025年9月15日
目次

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巻頭言
これからの100年に向かって
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特集テーマのねらい(特集記事)
変化に強いモノづくり
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論壇(特集記事)
不確実性に強いものづくりに関する論考
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ケース・スタディ(特集記事)
人にやさしい工程づくりへの挑戦
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ケース・スタディ(特集記事)
食品製造における需要変動への対応
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ケース・スタディ(特集記事)
需要変動に強いモノづくり
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ケース・スタディ(特集記事)
顧客ニーズに応える生産ラインの実現
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ケース・スタディ(特集記事)
時々刻々変化する需要変動に対応する物流センターの構築事例
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ケース・スタディ(特集記事)
人に必要とされる会社のモノづくり
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プリズム(特集記事)
生産計画と業績管理の好循環を実現させる垂直統合型システム
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プリズム(特集記事)
Alliomで拡がるものづくり現場の自動化
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会社探訪
メカトロ技術の革新的で効率的な一気通貫開発環境の実現とオープンイノベーションの推進-(株)安川電機 安川テクノロジーセンタ-
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現場改善
バックホー組立工程の生産性向上
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連載「モノづくり現場でキラリと輝く女性たち」
人生に大きな影響を与えてくれたIEの楽しさを伝えていきたい
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レポート
第54回「日本IE文献賞」受賞文献のご報告
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コラム(135)
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協会ニュース
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連携団体法人会員一覧
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編集後記
特集テーマのねらい
1990年代、消費者ニーズの多様化が進み、製造業は従来の大量生産から多品種少量生産へ大きな変化を余儀なくされました。その過程で、日本で生まれたトヨタ生産方式の2本柱の1つである「必要なものを必要な時に必要なだけつくる(ジャスト・イン・タイム:JIT)」を実践するための原則は、(1)お客様が必要なものを必要な時に必要なだけ、(2)物や情報を途中で停滞させずに、(3)売れたペースでつくることの3つであるといわれています。これまで多くの日本の製造業は、このJITの原則に則り、「売れたペースでつくる」ことができる現場を構築し、ムダを省き、よいものを安く早く提供することで国際競争力を高めてきました。
しかし2000年代以降、気候変動・地政学リスクが高まり、「未曾有の」「100年に一度の」といった事象が頻発するようになっています。例えば、2011年の東日本大震災やタイ大洪水、2020年以後の新型コロナウイルスの世界的流行などによって、現場は大きく混乱しました。従来のアプローチ方法だけでは、この予測不能な環境変化に迅速に対応することが困難になっています。
また、デジタル化が進むにつれて技術革新の速度が速くなり、技術や製品があっという間に陳腐化してしまい、まるで生鮮食料品における消費期限があるかのように製品のライフサイクルが短くなっています。
このような環境変化の中で、これまでめざしてきた「究極までムダを省いたリーンな現場」の強み、弱みをふまえて、想定をこえた不確実な環境変化の中で、モノづくりとはどうあるべきか、様々な企業における取り組みを紹介することで変化に強いモノづくりの方向性を考えてみたいと思い、本特集を企画しました。
記事構成
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論壇
早稲田大学の大森峻一先生には、「不確実性に強いものづくりに関する論考~学術的理論と事例からの考察~」と題して執筆いただきました。これまで変動として仮定していた範囲を超えた不確実性、Unknown-Unknown(予知できない不確実性)に対応するためのものづくりのあるべき姿について、近年の不確実性に対するサプライチェーンマネジメントを含めた学術的理論やベストプラクティスの紹介を行い、大森氏らが関連する海外事例などを踏まえてまとめていただきました。①データを用いて科学的に意思決定をすること、②管理サイクルを回すこと、③部分最適に陥らずに全体最適で考えること、が中心的な論点として述べられています。 -
ケース・スタディ
- ①トヨタ自動車九州の山本勉氏、小柳静香氏、花田圭介氏に「人にやさしい工程づくりへの挑戦~市場の変化に追従でき、誰もが働きやすい現場をめざして~」と題して執筆いただきました。100年に一度といわれる大きな変革期を迎えている自動車産業の製造現場では、熟練技能者の高齢化に加え、若手作業者の確保や定着が難しくなるとともに、働き方も多様化しており、「人に過度に依存したものづくり」には限界が見え始めているという課題に直面しています。その課題解決に向けて、市場の変化に追従でき、人が働きやすい工程つくりをビジョンとして掲げ、人への負担を減らし、誰もが安心して働けるラインの構築に向けた改善活動が紹介されています。
- ②理研ビタミンの柴田健作氏、谷川誠治氏、石川照人氏に「食品製造における需要変動への対応~エキス・原料素材の安定確保に向けて~」と題して執筆いただきました。同社食品事業のマザー工場である草加工場では、天然物由来のエキスや原料素材の安定確保が、需要変動に関する最大の課題です。この課題に対して、技術グループ・資材課・品質管理部門について、ホタテエキスからその最終製品までを統括的に担当しているPM(プロダクトマネージャー)が主導して連携を進め、会社全体で取り組んだ仕組みについて紹介いただきました。
- ③パナソニック オートモーティブシステムズの粟澤学氏には、「需要変動に強いモノづくり~超多品種・少量生産を松本工場の価値へ~」と題して執筆いただきました。自動車業界では、安全性・環境性・快適性の追求が加速し、EV化を始めとするソフトウェアでクルマの性能が向上するSDV(Software Defined Vehicle)化が進み、ハードとソフトの多様化で機種数が増大しています。このようなモノづくりの変化の中で、変種変量への対応力を工場の価値と考え、日々改善に取り組むとともに、従業員の意識改革を推進した事例と成果を紹介していただきました。
- ④オーレックの橋本直樹氏には、「顧客ニーズに応える生産ラインの実現~段取り改善による一貫生産ラインの進化~」と題して執筆いただきました。同社は、芝刈機、乗用型草刈機、走行型草刈機の分野において「世の中に役立つものを誰よりも先に創る」という精神で、部品づくりから製品の組み立てまで、すべての工程を自社の工場で行う一貫生産を行っています。しかし年々、製品のバリエーションが増加し、ラインの切り替えは増加する一方で、段取り残業が目立ち、部署としてのモチベーションも低下していました。このような課題を解決するため、段取り残業の削減に取り組んだ事例について紹介いただきました。
- ⑤ロジスティードの松尾章広氏には、「時々刻々変化する需要変動に対応する物流センターの構築事例~自動化設備と人の融合による持続可能な物流サービスの提供~」と題して執筆いただきました。エンドユーザー近くで商品供給を担当する物流センターは需要変動の影響を大きく受けやすい上、近年ではEC市場の拡大や調達手段の多様化により、需要の変動はさらに複雑化しています。このような課題を解決するため、同社が手掛けたマテハン・ソフトウェア・現場を一体的に設計し、需要変動に強い物流センターを構築した事例が紹介されています。
- ⑥万協製薬の松浦信男氏へのインタビューを、「人に必要とされる会社のモノづくり~景気に影響をうけない強い経営~」と題してまとめています。同社は、外用薬に特化した医薬品開発製造受託業として年間500品目・4,700万個を製造する三重県の企業です。阪神・淡路大震災による被災を契機に「人に必要とされる会社」をめざして神戸から三重県の多気町に活動の拠点を移し、現在に至っています。松浦社長の独自の経営手法によって、様々な新商品を開発し、お客様の会社の繁栄につながることを目的に取り組みを進めています。松浦社長のモノづくりへの深い敬意に裏打ちされた技術の高度化へのあくなき探求と、多くの人々の幸せを実現するための取り組みを同時になしとげようとする姿勢、それこそが需要変動に強いモノづくりであることを確信した取材であったとまとめられています。
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プリズム
- ①三菱電機デジタルイノベーションの熊倉彰紀氏、板東祐樹氏、大西彩夏氏、廣沢柊平氏には、「生産計画と業績管理の好循環を実現させる垂直統合型システム」と題して執筆いただきました。ここで紹介されているソリューションは、中長期から短期の経営から製造現場まで“垂直方向”でのシームレスな連携・連動を概念化した「垂直統合コンセプト」に基づいて構築されました。これにより、経営と現場のシームレスな連携が実現し、情報の流れがスムーズになり、迅速な意思決定が可能となり、収益性と流動性の好循環を生むことが紹介されています。
- ②エイアイキューブの佐藤学氏には、「Alliomで拡がるものづくり現場の自動化」と題して執筆いただきました。同社が開発した「Alliom」では、少量のデータからでも疑似的に大量のデータを生成することが可能なため、実際の現場で大量のデータを収集するのに必要な膨大な時間から解放され、現場へのAI機能の導入が容易になることが、ものづくりの現場への導入事例とともに紹介されています。
おわりに
経営問題において「需要を予測する」ことは古くからの重要なテーマでした。しかし、そこに存在する不確実性は技術の進歩をもってしてもますます予測困難となっています。そのような中、おかれている環境は異なっていても、変化に柔軟に対応できる現場づくりに創意工夫されている事例を紹介することができました。これらの事例を通じて、変化に強い現場は、AIやIoTの技術が主役ではなく、「人」を中心につくっていくものだということを改めて確認することができました。