AIの進化にどのように向き合っていくか
2026年6月 / 343号 / 発行:2026年6月15日
目次

-
巻頭言
AI時代の現場変革とIEが導くモノづくりの未来
-
特集テーマのねらい(特集記事)
AIの進化にどのように向き合っていくか
-
論壇(特集記事)
「AI×IE」が切り拓く次世代生産現場
-
ケース・スタディ(特集記事)
進化し続ける止まらない工場をめざして
-
ケース・スタディ(特集記事)
設備保全業務における熟練者思考の形式知化とAI活用の実践
-
ケース・スタディ(特集記事)
AIエージェント活用によるフロントラインワーカーの生産性向上
-
ケース・スタディ(特集記事)
人とロボットでつくる次世代物流拠点
-
テクニカル・ノート(特集記事)
外観検査におけるAI技術の活用
-
テクニカル・ノート(特集記事)
AIの進化にどのように向き合っていくか
-
プリズム(特集記事)
自在型自動倉庫「ラピュタASRS」
-
会社探訪
流体や粉体を運ぶポンプの流れるモノづくり-兵神装備(株)-
-
現場改善
航空機向け部品の検査工程における作業改善活動
-
ビットバレーサロン
サプライチェーンに暗黙知を継承するためには
-
コラム(138)
-
協会ニュース
-
連携団体法人会員一覧
-
編集後記
特集テーマのねらい
近年のDXへの注目の高まりとともに、製造現場におけるデジタル技術の活用が強く求められるようになってきた。IoTやクラウドの普及により、稼働状況や品質データの「見える化」のハードルは低くなり、AI活用への期待も高まっている。AIが生産性向上の強力な武器であるという認識は、多くのIErが持つところであろう。
しかし、現場の課題を発見し、解決を繰り返す「カイゼン」の考え方を根底に持つIEは、「現場・現物」と課題解決の「ニーズ」から発想するものである。社会的なDXブームや、技術ありきの「シーズ」発想に安易に迎合することは、IEの本質とは異なるのではないだろうか。あくまで現場の課題解決を起点とし、そのための強力な「手段」として主体的にAIを採用する。この基本姿勢を忘れてはならない。
一方で、AIは推論や判断の領域にも入りつつあり、なぜその答えが出たのかが見えにくい「ブラックボックス化」の側面も持つ。日本の製造業は、現場の事象に対して「なぜ」を問い続け、論理的な裏付けを持って品質や生産性を高めてきた歴史がある。そのため、プロセスを省略し結論だけを提示するようなAIとの向き合い方に、戸惑いや懸念を感じるIErも少なくないはずだ。
とはいえ、深刻な人手不足と熟練技能者の減少により、技能伝承は困難を極めている。「ブラックボックスだから使わない」といっていられる猶予は、徐々に失われつつある。RAGを用いれば、過去のトラブル報告書や社内マニュアルをもとに回答できる。映像や画像を理解できるマルチモーダルAIは、現場の状況をある程度は言語化できる。AIはすでに「専門家だけの技術」から「現場の実用的な道具」へと近づきつつある。
IErはこのAIの進化にどう向き合うのか。IE活動を加速させる「パートナー」としてAIをどう位置づけるか。その答えは、各企業の状況や現場の特性によって多様である。今求められているのは、技術の進化そのものだけでなく、それを現場で使いこなすためのマインドの変化であるかもしれない。
本特集では、確立された成功事例の提示にとどまらず、生産現場が直面するQCDの様々な課題に悩みながらもAI活用に踏み出した事例を中心に、現場の課題解決に向けた試行錯誤を含む「リアル」な取り組みをまとめている。どの事例も成果の大きさだけではなく、ねらい、実践、課題などの詳細を記述することに力点を置いていただいている。読者がそれぞれの現場で、AIという大きな可能性を持つ領域にどのように向き合い、どのような価値を創出できるのかを考えるきっかけとなれば幸いである。
記事構成
-
論壇
大阪工業大学の貝原俊也氏には、「『AI×IE』が切り拓く次世代生産現場~工場はどう進化するのか~」と題して執筆いただいた。本稿は、従来のIEが担ってきた現状把握、作業測定、品質管理、生産計画、設備保全といった活動が、AIによってどのように進化しうるかを、具体的なユースケースや企業事例を交えて整理している。IEの泥臭い計測・分析作業という従来の限界を打破する鍵としてAIをとらえ、デジタルツインや生成AIによるカイゼンのシミュレーションなどの可能性も示している。一方で、データ基盤の構築、AIと現場をつなぐ人材の育成、チェンジマネジメントの重要性も指摘している。
-
ケース・スタディ
- ①ダイキン工業の濵靖典氏には、「進化し続ける止まらない工場をめざして~保全DXの取り組み~」と題して執筆いただいた。本稿は、グローバルに90拠点以上を展開する同社が、保全人材不足や技能継承の課題に対し、ダイキン情報技術大学の卒業生を中心にして、AI・IoTなどのデジタル技術を活用してきた実践を紹介している。故障予知や生産順位最適化などで成果を上げる一方、内製開発ゆえの水平展開の難しさにも触れ、生成AIを活用した標準化とグローバル展開への発展を述べている。
- ②ダイハツ工業の太田越政登氏には、「設備保全業務における熟練者思考の形式知化とAI活用の実践」と題して執筆いただいた。本稿は、設備保全の異常処置において、熟練者がどのように原因を絞り込み、対策を選択しているのかという思考プロセスを形式知化し、AIによる判断支援と技能伝承の両立をめざす取り組みを報告している。2回のPoCを通じ、現場課題起点の設計、判断根拠を含む履歴データの設計、探索プロセスの組織的な二次活用が重要であることが述べられている。
- ③日立製作所の野平佳那氏には、「AIエージェント活用によるフロントラインワーカーの生産性向上」と題して執筆いただいた。本稿は、エスノグラフィーや動画のAI解析を通じて熟練者の暗黙知を抽出・構造化し、AIエージェントに組み込む手法を紹介している。さらに、物理空間のセンサーデータとAIの知見を融合させたフィジカルAIの構想を示し、単なる生成AIを超えた、ドメインナレッジに基づく自律的な業務改善の可能性を提示している。
- ④日本出版販売の大熊祐太氏には、「人とロボットでつくる次世代物流拠点~生産性と働きやすさを両立する“現場設計”~」というテーマでお話をうかがった。本稿は、出版流通の持続可能性を見据えた物流再編の一環として2024年に開設された「N-PORT新座」の事例を紹介している。多品種・少量・ロングテール商材を扱う同拠点では、ラピュタASRSと高速ソーターが中核に据えられている。臨機応変な対応は人が担い、定型的な保管・搬送はロボットに任せるという、人とロボットがそれぞれの得意な役割を担う現場設計が描かれている。
-
テクニカル・ノート
- ①慶應義塾大学の中嶋良介氏には、「外観検査におけるAI技術の活用~AIと人間の協業作業の設計~」と題して執筆いただいた。本稿は、IE手法の適用が難しい外観検査作業を対象に、AIを完全自動化のための技術としてではなく、人間の探索プロセスを支援する道具として位置づけ、最終判断は人間が行う協業作業の設計を提案している。検証実験では、AIの推論結果そのものよりも、異常候補を可視化したヒントの提示が作業者の主体的な思考(AIはなぜここを指摘したのか)をうながし、パフォーマンスを高める可能性が示されている。
- ②アムイの山田浩貢氏には、「AIの進化にどのように向き合っていくか」と題して執筆いただいた。本稿は、IoTから生成AIに至る工場デジタル化の流れを整理し、情報収集、集計、可視化はAIに任せ、判断は人が担うという実践的な向き合い方を提示している。AI活用に、「AIでできる最新技術の習得」と同じレベルで「社内業務の現状分析」が重要であることが述べられている。
-
プリズム
- ラピュタロボティクスには、「自在型自動倉庫『ラピュタASRS』~出荷量上限の引き上げによる事業成長基盤の構築~」と題して執筆いただいた。本稿は、日本出版販売の事例で中核設備として登場するラピュタASRSを、提供企業側の視点から解説する。導入後の拡張・移設・運用変更にも対応する「自在型」の設計思想が示され、日本出版販売の事例と対で読むことで、提供側と導入側の双方から理解できる内容となっている。
おわりに
本特集の各記事を通じて、AIは日本の製造業にとって大きな可能性を持つ技術であることを改めて感じた。特に近年、日本の製造業の鍵になると言われることが増えているフィジカルAIは、物理空間のデータと現場の知見を結びつけ、これまで人の経験に依存していた判断や改善を新たな段階へ進める可能性を持っている。
しかし同時に、AIの可能性が大きいからこそ、改めて人の関わりの重要性も感じられる。AIが提示する結果をどのように受け止め、どの業務に適用し、どこから先を人が「判断」するのか。その問いに向き合うには、現場を観察し、課題を定義し、改善のプロセスを設計する力、すなわちIEの力が欠かせないのではないか。
一方で、以前のIT導入と比べ、現場でのAI活用のハードルは着実に下がっているようにも感じられた。AIは一部の専門家だけが扱うものではなく、現場のIErが課題解決の手段として使いこなしていくものになるはずである。本特集が、AIをどう使うかだけでなく、AIとともにIEをどう進化させるかを考えるきっかけになれば幸いである。